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   夏目は、必死で語りかけようとする。 「病院へ」「あっ、だが保険証が」、などともごもご籠らせていると、”よう香”は、ぬるっとした魚色の指をじぶんの肩側にのばし、ナイフを、やっ、と抜き取った。  夏目は尻込みした。  そのまま横目でじっくり覗きこむ。  女の傷あとが不可思議に開いている。 「たいへんだ」  刺されていない左肩をつかんで、小劇場の裏手の駐車場まで静かに連れてゆく。女は嫌がらずに柔らかく歩巾を合わせる。  夏目は、いま、その人のたしかな体温や質量や反動を指に感じるのだった。どれが、悦びか知らないかれの人生のうちに、深く染み入る灯火のような、瞬きのような、それ程までの魂の愉悦なのだった。
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