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   夏目は、ぼそりと訊いた。 「実は、見たんです。”田頭アカネ”と名の記された藁人形が壁にささっているのを──」  すると彼女は頬を光らせた。 「あの人、妊婦さんにあんなことをしたから、呪ってみたの。でもぜんぜん効いていない」 「妊婦さんをご存じなんですか?」 「近所にママの幼馴染が住んでいたの。その幼馴染の女性が、あの妊婦さんを生んだの」 「そうだったんですね」 「あの妊婦さんは新月の時に夫と交わって命を宿したわ。宿ったときには、月はもっと真っ黒になったのよ。黒いままなのに、どこもかしこも満遍なくキラキラと耀いていた」  そして両腕をあげ、頭のうしろで組んで、ああ、となにかを思い出すように空の輝きの切れ端を目で追った。ボンネットのほうを見遣り、ふと呟く。 「ルリ色のカミキリムシだ」  夏目は愕いてブレーキを強く踏んだ。反動で体がつんのめった。  ただちにギョロ目で見渡したが、ボンネットには何も無い。  
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