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青信号の淡いブルーの光が、路上の肌理(きめ)を小川のように見せている。ガードレールの向こうはじっとりとした雑木林で、星あかりに射(う)たれる木の葉たちがどれもちいさな封筒に見える。
夜が、車のフロントガラスを舐めてゆくたび、夏目はよう香をちらちらと見やった。手当てをさせて欲しいと言ったさっきの問いについて、ずっと、彼女が応えるのを待っていた。
しかし助手席にしっとりと座ったまんま呼吸もせずに黙っている。
彼女はそんなことを頼まれたくなかったのかもしれない。夏目はハンドルを握りながら後悔し、首を引っこめた。
タイヤが凸凹を拾ったとき、なんとなく彼女に目をやった。その乾いた皺だらけのズボンを見て気づいた。おそらく風合いや古さからして、彼女の母親のものであろう。幽霊だから、気安く服など買い物に行ける境遇ではないのだ。きっと自分の衣類など持っていない。
目眩のなかで思った。
自分に手をかけた人間の衣服を身に纏(まと)うのは、どんな気持ちがするのだろう──
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