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夏目は顔をゆがめて、ぽつりと訊いた。
「あなたの母親は、どうしてあなたを……?」
すると相手は右手の指を膝の上で動かした。そして何故か、ちょっと、笑った。笑んだとたんに額がどッと青灰色に染まった。声は出さず、くちを開閉させて何かを言い始める。
聞いてはいけないことを聞いてしまったのだ、きっとこの人は母親とせかいを深く憎んでいるのに違いない、と夏目は考えた。そして、あれこれ推量した。あの心中屋敷近隣の年寄りたちが言っていたように、母親がにっちもさっちもいかない心の闇を抱えていたのか、旦那に難があったのか、または金銭の問題があったのか……、などと。
そうしているうち静かに平行に押し寄せる視線に気づく。
よう香は、じいっと夏目を見つめている。
目があうと額の色をもとの素焼き色に戻し、言った。
「理由は、そのぜんぶよ」
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