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「……」
ガードレールに蔦が絡み、見えない木製の電柱たちがやさしい匂いを放つ。うねうねとした細路の中心に、一本の白線が表れはじめる。光沢のある空では、航空機と月光が蜜色の夜間飛行をしている。それらの気配が雑木林たちに、ひとしく樹液をしたたらせている。
「憎んでいますか?」
夏目はしずかに訊いた。
相手は、返した。
「憎むって、なに?」
急ブレーキを踏む。
そのまま道路の真ん中に停まり、ジリジリ車体を振動させたまま、信号も民家もない野原のような場所でハンドルに腕をひっつけ考えた。
(彼女は生後一ヶ月でこの地上から離れてしまったのだ。知らないことが、しこたまあるに違いない)
窓の向こうを見ると、烈しいまでに黒い水平線が、天頂の北極星を湿らせていた。
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