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夏目はまたアクセルを踏み、ミニ山道のようなところから深深とした町のほうへと下降した。やがて『止まれ』の赤い三角標識が現れた。右手には古家屋と一体となった瓦屋根の簡易郵便局、左手には白いレースのカーテンがかかるサッシ戸が入り口の小写真館、前方にはモカ色のベンチの置かれた、屋根つき廃バス停留所。
夜間に啼くなにかの聲(こえ)が聞こえ、そのひとけのない街路の地下から鳴動らしきものが伝播した。ずしずしとアクセルを踏む脚から、腰、肋骨、目へと正体不明の響きがつたわってゆく。
「はッ」
鏡の割れたカーブミラーが、路傍からこっちを抜け目なく窺っている。
”──もういちど触れたいのだろ?”
カーブミラーからのメッセージを含んだとどろきだと知り、ぐっと歯を噛み締めた時、民家たちを飲み干すように繁茂する植物がかさになっているのが目に入った。それより高い処から、星がすべてを透かしている。そのため、五叉路のアスファルトに翡翠色に光る斑紋様がきらきらと蠢(うごめ)いていた。
それは、ひろく繚乱と世界を超えていて、まるで──、”あれ”に似ていた。
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