53人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
「ルリ色カミキリムシの模様」
そう言ったのは、助手席に座っている、よう香だった。
たしかに光の綾(あや)のせいで、カミキリムシの背紋様のうえを走行している気分になる。
──夏目が横顔をちらりと見ると、彼女はふたたび訊いた。
「ねえ、……憎むって?」
そのくち端から、血がたらりと垂れた。女は微かに笑った。
夏目はぎょッと眼を剥いた。血は顎まで、つ、つ、つ、とながれて、皺くちゃのカーキー色のズボンにぽたりぽたり落ちてゆく。
膝頭ががくっと震えた。ブレーキを底まできつく踏み、赤信号で停止する。
しかし──
彼女の顔をよくよく眺めると、それは血ではなく無色無音の水雫であることがわかった。
「泣いているんですか?」
と、尋ねるが瞳は濡れてはいない。
最初のコメントを投稿しよう!