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   それは血でも涙でもなく頭頂の一点から流れる水滴であることに、気づく。透明な雫が赤信号のせいで、血のように見えているだけだった。  夏目は狼狽し、赤信号にも関わらずアクセルを目一杯踏んだ。そうしてオンボロの軽自動車をめちゃくちゃに駆動させ、しなやかな魚(うお)のような無人の路を突っ走った。  傍らでは、よう香が乾いた光を細かく瞳にたたえてた。かるく開いた手を自分の膝のうえに乗せている。なんとなく助手席側から体温がつたわる。  ときどき呼吸しているふりをすることに気づいた。生きている者たちの真似をして、徒(いたずら)に肺を上下させたりする。  夏目は心中で独りごちる。  ──呼吸はしたりしなかったりなのだから、たしかに幽霊なのだよな。だが、何か肌が温かい。それに、どうして頭の天辺なんかから雫を垂らしているんだろう?  
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