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「それは……」
夏目は口籠った。
すると、よう香はかたほうの瞼をぐしゃりと下げ、もうかたほうの目はあけて、こっちを見て答えを待った。
「……憎しみというものは」
と彼女に説明を試みるも、どうにも続きのくちが開かず、恥じるように俯く。
夏目にも、うまく説明できない。
これまで憎むほど、誰かを想ったことは無かったのだから。
よう香はまた、頭上の北極星に目を向けた。
僕は、と眉毛を下げる。そして再びよう香をチラと見る。
樫の木が、彼女が殺された廃屋の敷地内にそびえたっていて、そこからやってきた木漏れ日ならぬ木漏れ月光が、きめの細かい横顔に綾(あや)をつくっていた。
当事者しか知らない、闇よりももっと底にある鋭い裂け目が、そんな顔にさせる。
彼女は、ふつうに生きて死んでいく仕合わせな人たちには、決して知ることのできなかった真実のなかにいる。
そんな今の表情には、無垢のひしめきがあった。
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