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夏目はフロントガラス越しに、幽霊女の屋敷を見やった。ささくれた木枠窓の向こうに、彼女が生まれた頃のものだろうか、たいそう乾いて奇妙によれたガーゼが干されていた。
もう制御できなかった。ゆっくりと運転席のドアを開けて車から出た。しずかに月光まみれの蔓草を踏んで行く。
しん、しん、しん、と虫が鳴く。
皺(しわ)められた屋敷の、斜めになったマーブル模様のドアに手をかけ、ギイイ……、とほんのすこし開ける。
むッと何かのにおいが鼻腔に忍び込んできて、噎せ返る。情念のように渦巻く甘い匂いだ。
すう、すう、すう──
寝息かと思ったら、そうではなかった。内部の密林でも虫が鳴いているのだ。
夏目は思い切ッて、黒い蜜溶液のような隙間に、おそるおそる首を入れた。
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