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「……よう香さん?」
呼んでみた。しかし、返事は無い。
勝手に侵入してはいけない、とドアを閉めかけたが爪先はすでに内部へ入っていた。
夏目はとうとうその、木切れと苔まみれの玄関ぐちで靴を脱ぎ、闇の詰まったさえずりの中に足を踏み入れた。
そこでは──
腐った畳が、燧火(すいか)色にあちこち仄光っていた。
天井あたりのどこか破れた場所から、月色が斜めに落ちている。
さしこむ輝きは、小石やら、かたほうの女物の靴やら、転がったちいさな匙やら、兎のぬいぐるみやら、錆びたミルク缶のようなものなどを照らしていた。──ミルク缶は、激しく凹んで居た。
夏目はその有様を見て、何故か1969年にアポロが到着した月面を思った。
よろめくように、足場のわるい畳の上を歩きながら考える。
宝石なら、働いて買うことができる。きれいなスカートや靴も花束も、美味しいケーキも。または美しい景色が見える場所にでも、連れて行ってやることはできる。
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