53人が本棚に入れています
本棚に追加
しかし彼女の欲しいものは……
彼女の本当に欲しいものは……
”あたし、憎んでみたい”
どうすればいいのだろう、どうすれば…… 独りぶつぶつそう言って、自生した竹が畳を突き破る場所を抜け、足音をぎしぎし鳴らして奥へ進む。
次の間に入ったとき、夏目は瞠目した。
薄い唇色の小さな棚の上に、乾いた、空っぽの虫かごが置かれていたからだ。
虫かごは、節のある細木で手づくりされており、ちいちゃな蝶番が壊れ、戸が開かれていた。
母子が飼っていた虫は、きっと逃げ出したのだろう、と目を細める。潮騒の聞こえる、どこか見たこともないほど遥か先にある、白い灯台と入道雲の漂う場所などへ。
夏目は、虫籠のにおいを嗅いで、そっと手を翳(かざ)した。
「虫よ、彼女の願いは……」
最初のコメントを投稿しよう!