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    しかし彼女の欲しいものは……  彼女の本当に欲しいものは……  ”あたし、憎んでみたい”  どうすればいいのだろう、どうすれば…… 独りぶつぶつそう言って、自生した竹が畳を突き破る場所を抜け、足音をぎしぎし鳴らして奥へ進む。  次の間に入ったとき、夏目は瞠目した。  薄い唇色の小さな棚の上に、乾いた、空っぽの虫かごが置かれていたからだ。  虫かごは、節のある細木で手づくりされており、ちいちゃな蝶番が壊れ、戸が開かれていた。  母子が飼っていた虫は、きっと逃げ出したのだろう、と目を細める。潮騒の聞こえる、どこか見たこともないほど遥か先にある、白い灯台と入道雲の漂う場所などへ。  夏目は、虫籠のにおいを嗅いで、そっと手を翳(かざ)した。 「虫よ、彼女の願いは……」    
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