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   とうの心中事件の家はひしゃげた台形をしていた。壁はしっくいの白だ。玄関横にはいぶし銀のような電気メータが屍(シカバネ)のようにぶらさがっており、ガラス戸はガスランプのように容赦なく煤け、最も黒く変色した板壁の向こうからは、トイレと風呂場特有のどろりどろりとした気配が、渦巻いていた。  夏目はシートに腰をうずめ、コンビニで買ったキャラメルパフェに斜めにスプーンをさし、鑢(やすり)のような舌でカップの縁をなめた。そんな風に甘いものを食べることが彼のたったひとつの気晴らしだった。  女にもてるのに関心はさほど持たないし、ギャンブルも酒も好かない。痩せた舌で甘いものを喰らっているときだけ、どうにか息継ぎできる。  夏目は見あげた。空には連星が渦巻いていた。穴の空いたボンネットの上に、またカミキリムシが登ってきた。触覚を揺らし、こっちを見ている。 「……そうだ!」  ダッシュボードから未使用の往復葉書を取り出した。漢方屋の店主が広告用に購入した時の余りものだった。  
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