【1】無視すんなよな。

8/8
111人が本棚に入れています
本棚に追加
/151ページ
『社長!事故を起こしたことは謝罪します。でも、俺、サーフィンが好きなんだよ。だから、この仕事を辞めたくないんだ。またここで働かせて下さい!お願いします!スケジュールが決まったら電話して下さい。それまで、自宅待機してますから!』  苛立つ気持ちを抑えながら、出来る限り丁寧に謝罪したつもりだが、社長はそれでも俺を無視し続けた。 『くそっ……!』  これだけ頭を下げてもダメなのか!  俺は力いっぱいデスクを叩いた。  デスクの上の伝票が、ふわりと風に乗りバサバサと床に落ちた。 「ん……?おかしいな?地震か?」  社長が周りを見渡す。 首を傾げ俺を無視したまま床に散らばる伝票を拾った。 『何が地震だよ。ふざけやがって……』  俺はスケジュールボードの下部にある俺の名札を手に取り、スケジュール表の1番上につけた。光一と誠も怒鳴っている俺を無視して、次の講座まで事務所で休憩している。 「純の奴さ……。湘南が好きだったよな」 「あいつ、サーファンしか頭になかったからな。仕事のない日も湘南に来てたよな」 『嗚呼!湘南が好きだよ!それがどーした!』  大声で叫んで、俺は事務所を飛び出した。  事務所前の石段に座っていた時ばあちゃんが、「よっこらしょ」と立ち上がり俺に近付く。 「純ちゃん、やっぱり帰るのかい?」 『ああ帰るよ。ここにいてもしょうがないからな。時ばあちゃん、またな』 「また、いつでも遊びにおいで」  時ばあちゃんはにこにこ笑いながら、俺に手を振ってくれた。  遊びにか……。  もう俺は講師として用無しなんだな。  だったら、プロサーファーとして大会目指して腕を磨くしかないのかな……。  海から吹き上げる潮風が、俺の気持ちを宥めるように髪を掬って揺らした。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!