114人が本棚に入れています
本棚に追加
【純side】
俺は不思議な気持ちだった。
里央があまりにも平然としているからだ。
里央は洗濯機を回しながら急いで朝食を済ませると、保育園のお弁当を渚の幼稚園バッグに詰め込み、急いでメイクを始めた。鏡越しに里央は俺を探している。
「純、今日は家にいるの?」
『もうサーフィンはできないけど、今日は湘南に行くよ』
「パパ、しょうなんにいくんだって」
渚が俺の言葉を里央に伝えてくれる。
「そう。湘南に行くのね?事故に気をつけてね」
事故に気をつけてねって、俺はもう死んでるし。
何を気をつける必要があるんだよ。
この間まで、生きていると思い込んでいた自分が滑稽に思えた。
里央は急いで洗濯物を干し、身支度を整える。
一緒にマンションを出て、駐車場で別れた。
『里央も渚も車に気をつけろよ』
「うん!パパいってきまーす」
保育園のブルーのスモックを着た渚が、元気よく俺に手を振った。
「行ってきます」
里央が、見えない俺に向かって笑顔で手を振った。
俺は徒歩で最寄り駅に向かい電車に乗る。
一応定期券は持っているが、そんなものは俺には必要なかったんだな。
里央と渚に自分の存在を認めてもらえた嬉しさから、自分が死んでいる悲壮感よりも、無意味な行動をしていたことに無性に笑えた。
『どうせ死んでるなら、空が飛べたらいいのにな……』
『空が……飛びたいのか?』
不意に後ろで声がした。
『えぇっ……!?』
振り向くと、白装束で白髪のじいちゃんが立っていた。
『何だよ?驚かせんな。じいちゃん、俺が見えるのか?』
『ああ、見えるよ。わしの目は千里眼じゃ。視力もバッチシ、当たり前じゃろう』
『じゃあ、じいちゃんも死んでるんだ?それ、死に装束だよな?死んだばかりで迷子なのか?天国は空の上、地獄は地の下だよ』
『バカ者! 誰に向かって、生意気な口を聞いとるんじゃい!』
『えっ……?じいちゃんが誰か、しらねぇよ。有名人だったのか?』
『バカ者!わしは神様じゃぞ!』
『うっそぉ?!?』
じいちゃんの顔にサンタクロースみたいな立派な髭はあったが、どう見ても 『神様』の風格も貫禄もない。
寧ろ、『このじいちゃんボケてんの?』って思えるくらい飄々としていて、風が吹けば飛ぶようなヒョロヒョロとした体形で見るからに貧相だった。
最初のコメントを投稿しよう!