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街の中心から少し離れた場所にあるレンガ造りの建物が立ち並ぶ通りから、狭い路地を抜けて更に奥へ行ったところに、赤いレンガでできた五階建てのひときわ古びたアパートがありました。
正面に備え付けられた黒い非常階段は、ところどころペンキがはがれていてあちこちに茶色い錆が見えます。そのアパートは今にも倒れてしまいそう…いえ、ほんとうにちょっぴり傾いていましたが、おんぼろにもかかわらず部屋はいつも満室でした。
そこに住んでいるのは、売れない画家や駆け出しのコック、年老いた靴職人や、夜にならないと姿を見せない占い師などさまざまです。年齢も仕事も肌の色も、てんでバラバラな住人たちですが、たった一つだけ彼らには共通点がありました。
それは、みんなそれぞれが「夢を追いかけている」ことでした。
画家はいつか売れることを。コックはいずれ自分のレストランを。靴職人は死ぬまでに最高の一足を。占い師は……(しーっ…)ああ、これはどうやら秘密のようです。
そんなアパートの三階。階段を上がって、埃っぽい水色のじゅうたんが敷かれた廊下を一番奥まで進んだ突き当たりの部屋。ここにも一人の夢見る女の子が、一匹の猫と一緒に暮らしていました。
女の子は昼は小さなレストランでウェイトレスをしながら、夜は酒場で歌を歌っていました。
酒場にやってくる客といえば、近所の工場で働く男たちやヤクザものがほとんどで、店の中はいつもワイワイガヤガヤうるさくて、エール酒が入ったままのジョッキが歌っている彼女の耳を掠めたことも、一度や二度ではありません。
それでも女の子は、下品なヤジを飛ばすお客や、歌なんて聞いてられるかとポーカーやケンカばかりしているお客には目もくれず、歌手としていつか有名になる日を夢見て毎日を懸命に生きていました。
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