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この朝早くに出勤する勝手方勘定奉行であるが、月毎に月番と非番という具合に交代する町奉行とは違い、毎日交代するのがしきたりであったが、しかし、今は柳生(やぎゅう)久通(ひさみち)が毎日、朝早くに出勤してくれるので、相役(あいやく)である久世(くぜ)広民(ひろたみ)は久通(ひさみち)に申し訳ないなと、思いつつも、久通(ひさみち)の厚意に甘えていた。それにしても何ゆえ久通(ひさみち)はいつも朝早くに出勤するのか、勝手方勘定奉行就任年次においては天明四年に就任した広民(ひろたみ)の方がそれよりも四年遅い天明八年に就任した久通(ひさみち)の先輩ということもあり、久通(ひさみち)はきっと先輩であるこの俺を立てて毎日、朝早くに出勤してくれるのだろうと、広民(ひろたみ)はそう都合良く自己解釈していた。無論、それもあながち間違いではなかったが、しかし、久通(ひさみち)が毎日朝早くに出勤する最大の理由は彼が典型的な、
「帰宅拒否症候群」
であったからだ。何しろ家よりも御城が好きと周囲からそう噂されるほどに、毎日朝早くに出勤しては夜遅くに下城するという明け暮れであった。
ともあれ彼らは長恵(ながしげ)らを出迎え、長恵(ながしげ)は相役(あいやく)である信興(のぶおき)の隣に座り、そして景漸(かげつぐ)は長恵(ながしげ)の隣に座り、長恵(ながしげ)と景漸(かげつぐ)は腰を下ろすと、雑談の続きに興じた。
「いやいや…、果たしてこの長恵(ながしげ)に江戸町奉行職が務まるのかどうか…、自信がありもうさず…」
長恵(ながしげ)は景漸(かげつぐ)を前にすると、つい本音をもらした。
「と申されると?」
景漸(かげつぐ)は怪訝(けげん)な表情を浮かべると、首をかしげた。
「いや…、わしのような猪武者が果たして江戸町奉行が務まるのかと…」
それで景漸(かげつぐ)には長恵(ながしげ)が何を言いたいのか分かった。
「京町奉行の頃、折からの米不足の折、米を不当な高値にて売り抜けようといたした米商人の首をおとしたことでござろう?そのような荒っぽいやり方がこの江戸にて、通用するのか否か、でござろう?」
景漸(かげつぐ)がズバリ指摘すると、長恵(ながしげ)は「ああ…」と力なくうなずいた。
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