金太郎いじめ

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金太郎いじめ

 その翌日から長恵(ながしげ)の江戸南町奉行としての日々が始まった。だが、これまでずっと京都東町奉行として働いてきたために、江戸城中のことにすっかりうとくなっていた。今月、9月は南が月番であった。そして月番の町奉行は西之丸の太鼓が鳴り始める昼四つ時、すなわち午前10時までには江戸城に登城せねばならず、それゆえ長恵(ながしげ)は遅刻せぬようにと、それよりも1時間早い朝の五つ半時、すなわち午前9時には江戸城に登城した。  だが江戸城に登城したは良いが、その後はどうすれば良いのか皆目見当がつかなかった。とりあえず江戸町奉行専用の下部屋(しもべや)に足を踏み入れた。下部屋(しもべや)とは衣服を整え、あるいは煙草を一服したり、相役(あいやく)と雑談したりといった場所である。だが肝心要の相役(あいやく)である信興(のぶおき)は非番ということもあり、昼前にならないと登城せず、そのため今、下部屋(しもべや)には長恵(ながしげ)唯一人であった。  長恵(ながしげ)は孤独であったが、しかし、江戸町奉行は江戸城中に執務室を持たず、そのため呼び出しでもない限り、昼までこの下部屋(しもべや)で黙然と座っているより他になかった。まるで置物にでもなった気分である。だが元来、長恵(ながしげ)は猪武者と称されるほどであるだけに活発的であり、いつまでもジッとしていられない性格であった。  西之丸の太鼓が鳴り始めてから1時間が経過した頃、遂に長恵(ながしげ)は我慢できずに、下部屋(しもべや)を抜け出そうと心に決めた。別に目的地があるわけではない。だがいつまでも下部屋(しもべや)で待つことは限界に近付きつつあったのだ。  そしていざ、下部屋(しもべや)を出ようとしたところで、下部屋(しもべや)を訪れた同朋頭(どうぼうがしら)と鉢合わせした。同朋頭(どうぼうがしら)とは老中と諸役人との間で取次に従事する、老中のスタッフ職であった。その同朋頭(どうぼうがしら)が江戸町奉行専用の下部屋(しもべや)を訪れるとは、もしかして老中が俺に何か大事な用事かと、長恵(ながしげ)は嬉しくなった。  だが同朋頭(どうぼうがしら)は長恵(ながしげ)に嬉しさを通り越して、衝撃を与えた。
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