金太郎いじめ

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「ああ、池田様、今までどうされていたのです?」  同朋頭(どうぼうがしら)の第一声はそれであった。 「どうもこうも…、下部屋(しもべや)で待っておったのだ…」  見て分からぬか…、長恵(ながしげ)はその言葉を飲み込んだ。 「皆様、黒書院の溜之間(たまりのま)にてお待ちでござりまする」 「なに?」 「来週にも発布されます予定の棄捐令(きえんれい)なる法度(はっと)につきまして、ご老中様が直々に定溜(じょうだまり)の皆々様に説明すべく、公事方勘定奉行と、それに江戸町奉行…、池田様にも出席を求められておりましたのに…」  定溜(じょうだまり)とは黒書院の溜之間(たまりのま)に代々、詰める資格が与えられている家柄である彦根井伊家、高松松平家、会津松平家の三家のことであり、この三家はさしずめ江戸幕府の政治顧問の立場にあり、老中もこれを無視することはできず、それゆえ何か重要法案を実行する際にはその前にこの定溜(じょうだまり)である三家にも法案を説明して、その内諾を得る必要があった。 「何だと…、左様な話は聞いておらんぞっ!」 「そんなはずは…、根岸様よりお話があったはず…」 「なに?」  首をかしげる長恵(ながしげ)に対して、同朋頭(どうぼうがしら)が説明したのは以下の様な事情である。すなわち昨日、根岸様こと、公事方勘定奉行の根岸(ねぎし)肥前守(ひぜんのかみ)鎮衛(やすもり)は老中・松平定信に対して、来週発布予定の棄捐令(きえんれい)につき、定溜(じょうだまり)のお歴々にも説明することを提案。棄捐令(きえんれい)は旗本や御家人を救済すべく、札差からの借金を棒引きにする法案であるだけに、勘定奉行に深く関わりがあり、その勘定奉行である根岸(ねぎし)鎮衛(やすもり)の意見を定信は容れ、明日、すなわち今日、朝一番…、午前10時に説明する予定であったそうな。
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