金太郎いじめ

3/9

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
そしてその折、鎮衛(やすもり)は、 「その場には南町奉行の池田(いけだ)筑後(ちくご)も出席させましては如何(いかが)でござりましょうや。何しろ長年の京暮らしにて、江戸の事情にはうとく、それゆえ筑後(ちくご)に対しましても棄捐令(きえんれい)につき説明すべく、恐れ多くも定溜(じょうだまり)のお歴々に棄捐令(きえんれい)につき説明申し上げる際に、筑後(ちくご)も同席させましては…」  と控え目な口調で提案すると、定信もこの意見を容れた。 すると鎮衛(やすもり)は己の意見を定信が容れてくれたことに感謝すると同時に、 「筑後(ちくご)に対しましてはこの鎮衛(やすもり)より、明日、登城次第、黒書院の溜之間(たまりのま)に向かうようにと、申し上げますゆえ…」  メッセンジャー役を買って出たそうな…。しかし実際には長恵(ながしげ)は鎮衛(やすもり)よりそのような話は聞いていなかった。長恵(ながしげ)がそのことを同朋頭(どうぼうがしら)に告げると、 「左様で…、さればきっと行き違いでもあったのでござりましょう」  行き違いの一言で問題を片付けてしまった。長恵(ながしげ)としては、 「行き違いなどでは断じてない、根岸の方が伝え忘れたか、あるいは故意に伝えなかったのに相違あるまい…」  思わずそう怒鳴ろうかとも思ったが、しかし何の確証もあるわけでなし、言った言わないの大合唱になるのは目に見えていたので、長恵(ながしげ)はそれ以上、追及するのは断念した。何より今は、一刻も早く溜之間(たまりのま)に行くのが先決であったからだ。  長恵(ながしげ)は同朋頭(どうぼうがしら)の案内により溜之間(たまりのま)へと向かった。そこには長恵(ながしげ)待ちの皆がおり、誰も彼もが苛立った様子であった。 「お待たせいたし、申し訳ござりませぬ」  長恵(ながしげ)は一切の言い訳をせずに頭を下げた。するとそんな長恵(ながしげ)に対して、元凶とも言うべき鎮衛(やすもり)が頭を下げる長恵(ながしげ)に対して、 「これはこれはいきなりの大名出勤、恐れ入りますなぁ」  底意地の悪いセリフを吐いた。長恵(ながしげ)は今でこそ旗本であるが、実は生坂(いくさか)藩主の池田(いけだ)政晴(まさはる)の四男であり、鎮衛(やすもり)はそのことを捉えて、大名出勤などと揶揄(やゆ)してみせたのだ。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加