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「臼井ちゃん!」 愛海が工場の女子更衣室で着替えを済ませ外に出ると、ちょうど本社棟の通用口から臼井薫子が出てきたところだったので、愛海は名前を呼びながら駆け寄った。 「おお愛海ちゃん、今日は早いね。 なに?ラインもう終わったの? あ!今週はノー残業ウイークか!」 「えっ?今知ったの? あ、毎日定時で帰る臼井ちゃんには関係ないか。 本丸(注:本社棟のこと)の人たちと違って、現場(工場のこと)は今週のノー残業ウイーク、1日も定時で帰れてなくて…。 でも今日は工場長の機嫌が良くて、仕事終わってなくても全員定時で帰っていいって。 だから臼井ちゃんと一緒に『源さん』に行けるように、急いで出てきちゃった」 「工場長、機嫌よかったらしいね。さっき“コニタン”に聞いたよ」 そういって薫子は笑った。 なぜ本丸勤務の薫子が工場内のことに詳しいのか。 それは彼女の異常なほどに広い交友関係の賜物である。 彼女が情報収集した相手、“コニタン”は、小西あかねと言う名の、二人の一期下の工場勤務の女の子だ。 愛海の一つ年下でまだ二十歳になったばかりのはずだ。 何でもないことのようにさらっと“こにたん”から聞いたと語る薫子の話を、愛海は少し焦りと寂しさを感じながら聞いていた。 (臼井ちゃん、私に聞いてくれたらいいのに…) 薫子に見えない角度で頬を膨らませたまま、愛海は薫子の横にピタッと並んで歩き、さりげなく手の甲を、薫子の腕に触れさせた。 (臼井ちゃんの手、あったかい…) 心の中でポツリと呟く。 (やっぱり臼井ちゃん近くにいるとホッとする。 以前は少し苦手だったのにな) そう考えていることが、隣にいる薫子にバレないよう、愛海は細心の注意を払いながら、隣を歩く。 愛海はふくれっ面をやめ、笑顔に戻ると、薫子の顔を、まるで何かを確認するかのように覗き込んだ。 (せっかく“あの人”の代わりの人を見つけたんだ。今度は焦っちゃダメ…)
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