229人が本棚に入れています
本棚に追加
勢い良く振り向いた小鳥遊が少し驚いた顔をした。
顔が熱い。どうして一緒に行くだなんて。後日にすれば?とでも言えば良かったのに。
「え、と……その」
この気まずい雰囲気。
互いに掛ける言葉を探しているのだ。
僕は深呼吸をした。吐いた言葉は戻らない。それならとことんそれに乗るしかないのだ。
「小鳥遊さん、今の言葉は――」
僕が彼女を呼んだ刹那、生温い風が吹き抜けた。
――ギィー、ギー!ギィー、ギィー……
鳥達が叫ぶ声が、辺り一面に鳴り響いた。
一羽では無い。恐らく数羽いるだろう。この鳴き声には聞き覚えがあった。
引っ越してくる前、東京の奥多摩に遊びに行った時に聞いた鳴き声。そう、これは確か――、
「鳳君……聞こえる?コゲラの呼ぶ声が――」
僕が言うより早く、小鳥遊が言った。
湿った風が吹き続ける中、やけに凛とした彼女の声が木霊した。先程よりも低い声色。
酷く真剣な顔をして、ただならぬ雰囲気を漂わせている。
僕でも分かる。今、彼女の中で何かが起こっている。
「……うん。聞こえるよ?コゲラの鳴き声は東京でも聞いた事あるし……」
その凄みに押されて、探る様に、慎重に言葉を選んだ。肌をピリピリと刺すような緊張感。小鳥遊の方も慎重になっている様子だった。
気のせいだろうか。霧雨が降っているかの様に周囲が霞んでいく。これは――霧だ。
今朝見た天気予報を思い出す。
『今夜は……快晴で……星が……』
ちゃんと聞かなかった事を悔やんだ。折り畳み傘を鞄に常備している僕にとって、天気予報は台風や豪雪でもない限り重要度は低い。
「……聞こえてるなら、駄目だから」
これから告白でもするかの如く、僕の顔を真っ直ぐ見据えた夜色の瞳。
恐怖とは異なる心地良い胸の高鳴りを感じたが、僕は必死でそれを無視した。
「……え?」
「……メデューサって知ってる?視線が合った相手を石にする怪物」
いきなり何を言うのか。
「知ってるけど……それが?」
「ほら、こうして――」
小鳥遊は僕の目を見続ける。石になれという事か?そんな冗談を言う少女では無さそうだが。
――ギー!キィ、キィ、キィー!
「えっと……うん?」
戸惑いつつも僕はその場で固まって見せる。一体何の儀式だ?何故急に?
頭の中は混乱状態で、上手く言葉が出てこない。
――ギー!ギィー……ギィー!ギー……
「まだ、駄目」
どうやら小鳥遊は鳴き声が止むのを待っている様子だ。
それにしてもこんな時間に鳴いているなんて珍しい。
果たして何処から鳴いているのか。空を仰いで屋根や電線に視線を彷徨わせるが、コゲラの姿は一向に見えなかった。
最初のコメントを投稿しよう!