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――ビュウ……ヒュウ……。
音が近づいている。どうやら僕が職員室にいる事を勘付いた様だ。
そういえば、発見された浅見の遺体は両目をくり抜かれていたと小鳥遊は言っていた。
……僕も唯一の目を奪われて死ぬのか。浅見の様に無残な姿で冷たい地面に横たわったまま――。
だとすると、浅見の遺体発見場所があの記念樹の桜の下というのは気になる。
仮に僕と同じ状況に置かれていたとして、彼女は何処で絶命したのか。もしそれが記念樹の下ならば、この不自然な朝霧町と見知った朝霧町は繋がっているのでは……?
――ビュー!ヒュウー!ヒュッ……。
「まずい、な……」
居場所がバレている。
呼吸をすると心臓から血液が送られ、それが足に流れる度に神経や肉を刺激した。左足の生温かい感覚は幾分かマシになったが、まだ消えずに体力を奪っていく。
――ビュウ!ビュウウウウ!
窓が激しく揺れた。外は薄暗闇のまま。明けない夜など無いなんて嘘みたいに黄昏色に染まっている。
浅見の事件がこの音と関係があるか確証は無いが、頭の中でけたたましく鳴り響くサイレンが勘付かせていた。皆が隠し続ける事実の端を掴んでいる、と。
諦めた目をした担任、謎のしきたり、日向達の態度……。全てはこの状況を隠す為に違い無かった。
「だとして、どうするか。元の町に戻る方法も分からない……手詰まりじゃないか」
これ以上鬼ごっこを続けても意味はない――。
僕は疲労困憊していた。弱っている時はどうしてもネガティブ思考になってしまう。身体だけでは無く、精神まで蝕まれたらいよいよ最期。
――ビュー!……ヒュッ!
空気が震え始めた。攻撃の予備動作だ。
――僕に纏わり付く死の気配。
敢えて深呼吸をして、怪我が疼く熱さを感じた。感覚は生きている証。絶望を目の前にして、少しでも"生"を感じていたかった。
そう思うと、痛みが愛おしく感じるのだから不思議なものだ。
何かに抗う事は大変な労力が必要だと思い知らされた。そしてその労力は僕にもう残ってはいない。
例え僕が死んだとして、世界は何が変わると言うのか。父さんを残す事が唯一の気掛かりだが、僕が奪った幸せを思えば僕などいない方が良いのではないか。
僕としても、贖罪の日々を終わらせたかったのかもしれない。
「ごめん……。これが僕の償いだ――」
吐き出した声は酷く掠れていた。
あれだけ五月蝿かった本能はとうに沈黙を貫いていた。説得しても無意味だと諦めたのか、それともまだチャンスを待っているのか――。
――チリッ、チリリ……。
蝕まれていく意識の遠くに、美しい鈴の音を聞いた気がした。
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