Chapter 3 「思惑《おもわく》」

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「……まぁ、ずっと休んでいるクラスメイトがいたら不思議に思うのも当然だけど。そもそも浅見花鳥が亡くなったのは小鳥遊鳴から聞いた……合ってる?」 「……うん」  ここで嘘をついても仕方が無い。天野は全てを知っている様子だった。 「ギリギリセーフ……かな。彼女の気持ちは分からなくもないけど」  天野の人形の様な目が鋭く光った。冷たい瞳孔の先に隠している感情は何なのか。僕はやはり天野が苦手だ。 「まぁ、鳳君と接触している人達で、しきたりの事を話しそうなのは彼女しかいないから」 「……どうして小鳥遊さんが"話しそう"って思うの?」  ミステリアスな雰囲気と言えば小鳥遊である事は間違い無い。だが天野は半ば確信している様な口振りだった。 「彼女はご執心みたいだから。……図書室で初めて話した時の事覚えてる?」 「うん。転校初日の校内案内してもらっていた時、だよね」 「あの時私が持っていた本は、あの()に貸した私の本。……天野神社に伝えられているしきたりについての、ね。ちょうど貴方が引っ越して来た時に貸した」  なるほど。僕が初めて森で小鳥遊と出会った時に持っていたボロボロの本は天野の本だったのか。だから天野神社の前の、森の中にある東屋(あずまや)で本を読んでいた。そこで借りてすぐ、僕がやって来たという運びか。  ……あれ、天野は僕が引っ越して来る日程も知っていたのか。  転入日は事前に先生から伝えられていたとして、引越し日まで知っているものだろうか。それこそ役所の人間では無い限り知らない筈だ。  天野神社は町民全員を把握する義務でもあるのか。役所も協力している……? 「それで?」  天野に急かされ、僕の思考はストップした。彼女も僕から質問攻めを受ける事を想定していてるのだ。  それにしても、一体何が目的で小鳥遊は本を借りていたのだろう。  僕とは異なり、彼女はこの町の人間だ。しきたりについてなんて今更だろうに。 「何で小鳥遊さんは天野さんからわざわざ借りたの?」  この質問を予想していたらしい天野は、間髪を入れず答えた。 「勿論、しきたりについて彼女は貴方より知っている。ただ、全てを知っている訳では無いから」  全て、とは。それは町民でさえ知らない事実があると言っている様なものだ。 「全て?」 「……」  天野は答えない。  ふむ。全てに答えるつもりは無い、と。まぁ、その辺は僕も予想していたけど。  追求しても徒労に終わると思い、それ以上深追いするのはとりあえず諦める。 「天野さんは当然しきたりに詳しいよね?それなら僕が巻き込まれたこの現象についても……知ってるよね?」 「……勿論」  冷たくて重い沈黙。お互いの思考を探る様な、病室の中で密かに繰り広げられる小さな心理戦。  だが、僕は現に入院している訳で。世にも(おぞ)ましい死の音に追い回された事は(まぎ)れも無い事実。  迷惑なしきたりのせいでこんな大怪我を負ったなら、知る権利はある筈だ。  ――いや、知らない訳にはいかなかった。
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