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「……浅見花鳥が死んだのは"餞られたから"。――贄に選ばれてこの町の"守り神様"に看取られた……と言えば正確ね」
「守り神様……?」
……その守り神様に命を捧げた?小鳥遊の話では浅見は死ぬ直前まで吹奏楽部の練習に励んでいたはず。そんな人が贄として快く命を差し出すだろうか?
暗闇の中、僅かな光に反射して存在を主張する埃たち。静かな空間で口に広がる絶妙な甘さと柔らかい食感……。
守り神様……そう、確か――、
『御鳥様――』
楽器に囲まれた暗い部屋。
そうだ、御鳥様だ。僕はあの日の双木達との会話を思い出した。
鮮やかなマーブルが混ざり合って汚い黒になる様に、僕の思考も不明瞭なままぐるぐると渦巻いていた。
「守り神様って……天野神社の?」
「そう。この町を古くからお守りになっている神聖な神様――忘れたの?」
天野の顔付きが凛々しくなる。それは由緒正しき天野神社の巫女の顔。恐らく務めの時はこんな顔をしているのだろう。
何とも言えない緊張感が走る。
「……御鳥様、だよね。でも神様が何故贄を要求するのさ。しかも命を奪うなんて……」
「この町の為、とだけ。それ以上でもそれ以下でもない」
にべもない。
「浅見さんは僕と同様に外部から引っ越して来た人なんだよね?それなのに馴染みの無い朝霧町の為に死ぬだなんて……」
見知らぬ土地でその土地の守り神様に殺されたなんて……冗談じゃない。こんな事が許されて良い訳が無い。
「そういう運命だった、としか」
「そんな事……!」
天野があまりに淡々と告げるものだから、僕は思わず声を荒げそうになり慌てて抑えた。
ここは病室だ。他の患者に迷惑がかかる。辞めるんだ、優一。
代わりに、このやり場の無い怒りを強く布団を掴む事で落ち着かせる。布越しに爪が食い込んで小さな痛みを生んだが、逆にその痛みが僕の心を慰めた。
我が子が冷たくなって発見された時、どんな気持ちだろうか――。
浅見のご両親は当然しきたりの事など知らないだろうから、娘の死に納得など到底できないはずだ。しかも齢十四、五の、夢半ばの女の子が……。
大切な娘が理不尽に死んだらどんな気持ちだろうか。僕だったら……許せない。
理不尽な運命も、間接的に死への道筋を作ってしまった僕自身も――。
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