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「……まぁ、僕も何も言えないけど、早く退院出来ると良いね。せっかくのゴールデンウィークだったのに、ね」
スミスミは窓の方に歩いて行き、町を見下ろした。
「休み中、何かあった?」
「うーん……君にとっては"ある"かも」
歯切れの悪い言い方。僕に背を向けているスミスミの表情は見えないが、恐らく返答に困った顔をしているのだろう。
「まぁ、気にしないで欲しいかな。それと、プリント持って来たんだ。鳳君が休んでいる間に随分宿題出されたからね」
スミスミはスクールバッグを漁って封筒を取り出した。……うわ、見るからに分厚い。
「はい。鳰先生からのお土産」
手渡されたそれはずっしりと重い。まぁ、退屈な入院生活だ。何もしないよりはマシだろう。
「嬉しくないお土産ありがとう。スミスミのお菓子は本当にありがとう」
「ふふっ……どういたしまして」
「そろそろ、時間かな」
僕達のやり取りを黙って見ていた天野が、壁に掛かったシンプルな時計を見て呟いた。
針はもうすぐ夕方四時を指している。
二人共、制服姿なのは、学校が終わってから直で来てくれたからだった。僕が入院している病院は、駅から程近いこの町唯一の総合病院だ。
「そうだね、そろそろ僕達は帰るよ。それじゃあ、退院できる日が来たらメールで教えてね」
スミスミが手を振ってドアを開けた。
天野もスミスミに続き出て行く直前、僕を振り返った。
……あくまで自分から話すつもりは無いという事か。それなら仕方無い。
「また、学校で」
僕も手を振って、ドアが閉まった。
「明日、分かるから」
天野の口の動きは、確かにそう告げていた。
***
――とどのつまり、儀式の正体は分からなかったという訳だ。
ふと、妙に病室が眩しい事に気がつき、窓の外を見ると、空はすっかり黄昏の色をしていた。
「はぁ……」
濃いオレンジに染まる部屋の中で、僕は大きな溜息をついた。
許可をもらって微かに開けていた窓からは、あの生温い風が吹き込んで来た。――何もかも、幻想で終わらせた方が良い。風の中にそんなメッセージが込められている気がした。
***
――夜の境界、黄昏時。誰もいない静か過ぎる病室で一人、鮮明な記憶を巡らせていると病室の扉を2回ノックする音が響いた。
すっかり思考の海に沈んでいた僕は心臓が破裂しそうな程驚いて、一拍置いてから「どうぞ」と招き入れた。
ガラガラとなるべく音を立てない様に気遣いながらオレンジに染まる扉を開けた人物は――、
「……顔色良くなったね、鳳君」
そこには制服姿の小鳥遊鳴が立っていた。
救急車を呼んでくれた事は大いなる感謝をしているが、まさか僕の見舞いに来るとは思わなかった。
僕が目を丸くして驚いていると、小鳥遊は「ふっ……」と微かな微笑みを零しながら僕のベッドへ近付いて来た。
「もう、大丈夫なの?私が朝礼に出た時、三週間くらい入院する予定って聞いたけど」
「あぁ、うん。お陰様で順調に回復してるよ。君が朝礼に出るなんて珍しいね。なかなか学校来ないし」
「……何となくね。貴方の容態が気になったから。見るからに酷い怪我だったし」
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