Chapter 3 「思惑《おもわく》」

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 小鳥遊は僕から目線を逸して伏し目がちに呟いた。ミニテーブルの側にある木の丸椅子にそっと腰を下ろすと、小鳥遊は改めて僕を見た。 「心配してくれたんだ。有難う」 「別に。クラスメイトだからね、鳳君は。どんな理由であれ、人が死ぬ事は悲しい事だから……」  小鳥遊の表情は暗い。朝霧町出身なら、この理不尽な死を何度も目にした事があるのかもしれない。浅見の事も(しか)り、小鳥遊はしきたりについてどう思っているのだろうか? 「小鳥遊はさ、どう思ってるの?朝霧町の事」  僕の疑問に小鳥遊は顔を上げずに答えた。 「……嫌い、じゃないと思う。好きでもないけど」  当たり障りの無い曖昧な回答。少し歯切れが悪い言い方をしたのは、単純な好き嫌いで割り切れる事ではないからなのか。 「僕が救急車に運ばれる前、言ったよね?"どうして夕霧町(ゆうぎりちょう)から還って来れたの?"って……」  直球勝負で本命の疑問を投げた。天野も言っていた。『すぐに分かる』と……。そして恐らくそれは今に違い無かった。  僕の思考をクリアにする方法は小鳥遊の言葉にある――。  退屈極まりない入院生活の中で僕が辿り着いた一つの答えだった。  そもそも、しきたりについて知るきっかけになった言葉は、いつも小鳥遊が発信していた。曖昧な言葉の中に確かな真実を織り()ぜて――。  微妙な()の後、小鳥遊は意を決した様な力強い瞳でゆっくり唇を動かした。 「姿が見えぬコゲラの呼び声が響いた時、それは夕霧町への(さそ)いの合図――」  小鳥遊は凛とした声で淡々と告げた。小説の帯文(おびぶん)の様な言葉で――。  窓から入り込む冷たい夜風が小鳥遊と僕の髪を揺らした。こんな時間まで面会時間を伸ばしてもらったのは、予感していたからだった。  今日、小鳥遊鳴が来る。  普段学校に来ない小鳥遊が、何故僕の見舞いに必ず来ると思ったのかは分からない。ただ何となく……そう、何となくそんな気がした。  満身創痍の僕を発見して、保健室の備品を借りて手当してくれた彼女の瞳が言っていた。  聞きたい事がある、と。  そして多分それは、僕の怪我に関する一連の儀式の事だろう。彼女はあの時の僕を大層驚いた顔で見ていたから間違いない。 「……コゲラ」  コゲラの呼び声……まさかあの辻で聞いた鳴き声?コゲラなんて珍しい鳥でもないだろうに。  姿が見えぬという点では酷く気になっていたが。
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