Chapter 3 「思惑《おもわく》」

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「贄に選ばし民は御鳥神(おとりがみ)の血となり、朝霧町を永遠(とわ)に護る力となるだろう。器を(うつ)し世に還すは神の御慈悲(ごじひ)……」  僕は固唾(かたず)()んで小鳥遊の言葉を聞いていた。追い求めていた影を(ようや)く捉える事が出来る――その瞬間を静かに待ち()びていた。 「神聖なる血の儀式、民はそれを"天葬(てんそう)"と呼ぶ――」  窓の外を一羽の(からす)が通り過ぎた。  黄昏色に光る羽根を(しな)やかに振るい、力強く羽撃(はばた)いて行った。 「――"天葬"?」  雷に撃たれたかの様に思考が収束していく。霞がかった頭の中に一筋の光が見えた。 「そう、正式名称は天葬。鳳君があの日巻き込まれた不思議な現象の事。(おく)られるっていう言葉は忌み言葉というか……比喩表現なの」  "(おく)られる"……。つまり、その天葬とやらの儀式で命を落とす事を指していたのか。 「じゃあ、皆知っているって事だよね?」 「勿論。どちらかと言うと光栄な事として使われている言葉だけど、ね」 「……光栄な言葉?人が亡くなるのに?」  贄になる事が光栄な事だなんて、時代錯誤も(はなは)だしい。如何なる状況があれど、人が死ぬ事を肯定する理由なんて絶対に無い。少なくとも僕はそうだ。 「天葬は神聖なる儀式って言ったでしょ?この儀式は遥か昔から行われてきた神事の一つ。そして、守り神の血となる……要するに守り神に()われる事は来世の幸福が約束されるって言い伝えられてるの」  よくある迷信めいた話だ。 「……確証も無い未来への投資と思えって訳?証明なんて出来ないじゃないか」 「そうよ。それでもこの町の人は……信じている。守り神様が自分達を永遠の幸福へ導いてくれる、とね」  小鳥遊は夕陽を反射する髪を右耳に掛け、静かに言った。その声色には哀れさ、愚かさ、悲しさ……どうしようも無い人の心理を思う感情が含まれていた。 「つまり浅見さんも、その天葬によって命を落としたという事か……」 「そう、その通り」  なんて理不尽な。神様などと言う曖昧な存在に殺された、と? 「それを僕に隠した理由は、"他言無用ルール"?」  小鳥遊は僕の言葉に少し驚いたらしく、「知ってたんだ」と小声で呟いた。 「……天野さんが、ね」  何となく、小鳥遊の前で天野の名前を出すのは気が引けた。小鳥遊が御鳥様を好いているとは思えなかったからだ。ましてや天野はその御鳥様に仕える巫女。仲が良いとは考え難い。 「巫女なのに、結構糸を垂らしたんだ。もしかしたら、分かっていたのかもね。鳳君が、巻き込まれて生還する事を」 「そんな予知夢みたいな事あるかな?」  だとすれば天野は冷酷な人だ。  知っていて助かる術を教えなかったのだから。まぁ、それは他の人達にも言える事だが。  
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