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「贄に選ばし民は御鳥神の血となり、朝霧町を永遠に護る力となるだろう。器を現し世に還すは神の御慈悲……」
僕は固唾を呑んで小鳥遊の言葉を聞いていた。追い求めていた影を漸く捉える事が出来る――その瞬間を静かに待ち侘びていた。
「神聖なる血の儀式、民はそれを"天葬"と呼ぶ――」
窓の外を一羽の烏が通り過ぎた。
黄昏色に光る羽根を靭やかに振るい、力強く羽撃いて行った。
「――"天葬"?」
雷に撃たれたかの様に思考が収束していく。霞がかった頭の中に一筋の光が見えた。
「そう、正式名称は天葬。鳳君があの日巻き込まれた不思議な現象の事。餞られるっていう言葉は忌み言葉というか……比喩表現なの」
"餞られる"……。つまり、その天葬とやらの儀式で命を落とす事を指していたのか。
「じゃあ、皆知っているって事だよね?」
「勿論。どちらかと言うと光栄な事として使われている言葉だけど、ね」
「……光栄な言葉?人が亡くなるのに?」
贄になる事が光栄な事だなんて、時代錯誤も甚だしい。如何なる状況があれど、人が死ぬ事を肯定する理由なんて絶対に無い。少なくとも僕はそうだ。
「天葬は神聖なる儀式って言ったでしょ?この儀式は遥か昔から行われてきた神事の一つ。そして、守り神の血となる……要するに守り神に喰われる事は来世の幸福が約束されるって言い伝えられてるの」
よくある迷信めいた話だ。
「……確証も無い未来への投資と思えって訳?証明なんて出来ないじゃないか」
「そうよ。それでもこの町の人は……信じている。守り神様が自分達を永遠の幸福へ導いてくれる、とね」
小鳥遊は夕陽を反射する髪を右耳に掛け、静かに言った。その声色には哀れさ、愚かさ、悲しさ……どうしようも無い人の心理を思う感情が含まれていた。
「つまり浅見さんも、その天葬によって命を落としたという事か……」
「そう、その通り」
なんて理不尽な。神様などと言う曖昧な存在に殺された、と?
「それを僕に隠した理由は、"他言無用ルール"?」
小鳥遊は僕の言葉に少し驚いたらしく、「知ってたんだ」と小声で呟いた。
「……天野さんが、ね」
何となく、小鳥遊の前で天野の名前を出すのは気が引けた。小鳥遊が御鳥様を好いているとは思えなかったからだ。ましてや天野はその御鳥様に仕える巫女。仲が良いとは考え難い。
「巫女なのに、結構糸を垂らしたんだ。もしかしたら、分かっていたのかもね。鳳君が、巻き込まれて生還する事を」
「そんな予知夢みたいな事あるかな?」
だとすれば天野は冷酷な人だ。
知っていて助かる術を教えなかったのだから。まぁ、それは他の人達にも言える事だが。
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