Chapter 3 「思惑《おもわく》」

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「あの人なら有り得なくも無い、かな」  小鳥遊は不敵な笑みを浮かべた。 「僕が襲われたのはその……御鳥様という事でいいんだよね?」  天野はこくりと頷いた。  なるほど、鳥だから空から襲って来た訳か。羽撃(はばた)きによってあの強烈な風を生み出していたと考えれば合点(がてん)がいく。 「御鳥様は夕霧町……もう一つの朝霧町に住んでいて、普段は認識する事が出来ないの」 「"もう一つの朝霧町"?」  僕が覚えている範囲でも、あの濃霧に包まれた無人の町は確かに朝霧町と同じ風景だった。……誰もいない事を除いて。何より朝霧中学校が存在していたのだから間違い無い。 「そう。ただ、貴方が思う朝霧町とは違う」  僕が思う朝霧町は、今こうして小鳥遊と会話している病室であり、朝霧中学校であり、二人暮らしのマンションの一室であり……。  名前通り、濃い朝霧が頻繁に発生する田舎町――。 「同じ景色……だったよ。でも、誰もいなかったんだ。それに雰囲気が重くて」 「それこそがもう一つの朝霧町、夕霧町なの――」  夕霧町――。  僕が飛ばされたあの町はその夕霧町とやらで、それは平行世界にあるとでも言うのだろうか?そんなファンタジーじみた事……いや、御鳥様の様に人智を超えた存在を目撃したのだ。有り得る話だな。 「朝霧町の裏側……って言ったらいいのかな。コインの裏表の様な関係なの。そこは天葬が行われる時だけ繋がる町。不可視のコゲラ達が鳴いている間は、その周辺の空間が不安定な状態になって夕霧町と繋がりやすくなっているの」  僕の思考回路は(すで)にショートしている。だが、常識という回路では理解出来ない範囲にある現象だと分かっていたので諦めた。 「……つまり君の言う僕達が普段生活している表側が朝霧町で、普段は見えず、御鳥様が住まう裏側が夕霧町。あの日辻でコゲラの鳴き声を聞いて、空間が不安定になっている時に裏側への扉が開いて繋がってしまった――という事かな?」  我ながらよく要約出来たなと思う。 「――そう。だからあのコゲラの鳴き声は姿を探してもいる訳無いの。あれは御鳥様が天葬を行う時にだけに聞かせる声で、本物の鳥が鳴いている訳じゃ無いから」  だからあの時小鳥遊は探しても無駄だと……。  だとしても、それを聞き分ける方法などあるのだろうか。コゲラ自体は何処にでもいる鳥だし……。しかし、あの時の小鳥遊は確実にそれを察知していた。  鳴き声だけで判断出来るものだろうか。 「それって分かるの?」 「?」  小鳥遊が小首を傾げた。  小動物っぽいと思ったのは内緒だ。 「聞き分け。コゲラなんて珍しい鳥じゃないだろう」 「あぁ……まぁね。付け加えるなら、夕霧町は薄暮時に最も繋がりやすくなる」  そう言えば、あの日もちょうど薄暮時だった。……あぁ、なるほど。 「夜の帳が下りる前にけたたましく鳴いていたら、ほぼ確定という訳か」  小鳥遊は頷いた。 「まぁ、たまに本物が鳴いている時もあるけど、町の人はその呼ぶ様な声を聞き慣れているから。本物じゃないと直感で分かる」  それは町民ならではだな。  それを外部の者には隠すなんて、自ずと意図は一つしか無いのだが、それについてはまだパズルのピースが足りない。 「じゃあ、どうして僕だけ取り込まれたの?あの時僕だけが夕霧町に(いざな)われて、僕が町で探した限りだと小鳥遊は巻き込まれなかったみたいだけど……」
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