Chapter 3 「思惑《おもわく》」

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 同じ場所で同じコゲラの声を聞いて……。何故僕だけが取り込まれて小鳥遊は無事だったのか。僕達の運命を分けた要因は一体――? 「頑張ってみたけど、間に合わなかった。ごめんなさい」  小さく頭を下げた。  そして小鳥遊は喋り疲れたのか、目を伏せて深呼吸をした。僕は何となく窓の外を見遣(みや)ると、黄昏は闇に飲み込まれ始めていた。  ――もうすぐ、夜の帳が下りる。  あの日もこんな空をしていた。そしてまさか生死を彷徨うとは考えもしなかった。  あんなに歯を食いしばって耐えた痛みも、今はほとんど消えていた。なんだかまるで、あんなに脳内を(あか)に染めた戦慄の鬼ごっこが、遠い一昔前の出来事に感じた。 「小鳥遊」 「……何?」  小鳥遊は目を伏せたまま応答した。 「僕が夕霧町で聞いたもう一つの音が、今も耳から離れないんだ」 「……」 「優しい陽だまりの匂いと共に、透明感溢れる綺麗な鈴の音……それがあの時の僕の道標(みちしるべ)だった」  小鳥遊は黙って聞いている。 「それが、前に会った事が気がして――いや、ごめん。何でも無い」  僕自身も、追い付かない思考を整理する為に、脳をフル回転させていたせいか酷く疲れていた。  いくら容態が良くなったとは言え、体力が完全に戻った訳では無い。頭の中に睡魔の足音が(せま)っていた。重い頭と(まぶた)(さか)らって、何とか意識を保っている状態だった。 「――空間を(また)ぐ行為……呼ぶ声が鳴っている間は動いてはいけないの」  ややあって小鳥遊は静かに、(おごそ)かに呟いた。そしてゆっくり長い睫毛を震わせてゆっくり目を開いた。  眠気を振り払い、僕は改めて小鳥遊に視線を合わせると、意図せず見つめ合う形になった。  まるで身分違いの想い人同士が、月の無い深夜に忍んで逢瀬(おうせ)を楽しむかの様な。脳がそう意識した途端に、何故か僕は気恥ずかしくなって頭を軽く振った。 「動いてはいけないって……そのままの意味だよね?」  頬の熱さを誤魔化す様に僕は話を続けた。妙に鼓動が速いのは気のせいだろう。 「そのまま。――あの時鳳君、辻へ足を踏み入れたでしょ?四つ辻は古来より異界……又は黄泉(よみ)へ繋がりやすい所と言われているけどその通り。霧の中へ足を踏み入れる行為が、裏世界――夕霧町に転送されてしまう鍵なの」  辻が異界に繋がっている――。これは御鳥様から逃げている最中に僕も考えた事だが、まさか本当にそんな御伽話(おとぎばなし)があるとは。小学生の頃にファンタジー小説を大量に読み(あさ)っていた甲斐(かい)があったな。 「辻じゃなければ免れた?」  小鳥遊は小さく首を振った。 「多分、駄目。コゲラが訓んでいる間は、どんな行動も死への扉に繋がっている」 「……あの時は何しても駄目だったんだね」  小鳥遊が膝の上に置いていた手を握り締めた。 「だから、忠告のつもりだったんだけど、ね」  小鳥遊の言葉に、あの時の記憶を手繰(たぐ)り寄せてみる。  そう言われれば、妙に足止めさせる様な事を言っていた気が……そう、メデューサだ。見つめられたら石になると、僕に実演させようとしていた。そうか……。 「助けてくれようとしたんだね」  シンプルな言葉程よく伝わる。誤解の余地が無いからこそ、恥ずかしさも増す。 「別に。言ったでしょ。クラスメイトなんだからって」  小鳥遊が少し顔を伏せた。  濡鴉色の前髪の隙間から見える白い顔が、少し赤らんでいるのを気のせいではないと思いたい。
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