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「――鳳君は、学校来れそうなの?」
いつもより数段優しい声が飛んで来た。
「……え?あ、うん。明日退院して、明後日から登校するよ」
小鳥遊の声が、僕を深い思考の痛みから一気に引き揚げた。
「そう。なら、私も行った方がいいかな」
「え?どうして?」
小鳥遊が不登校気味なのは鳰先生からこっそり聞いた。それが何故?……まさか。
僕はどぎまぎした。籠の鳥は嫌いなタイプの小鳥遊が、わざわざ学校に行く理由が僕であるかの様な言い方。
思い上がりも甚だしいと理解していながら、思考回路が一気にヒートアップした。
「たぶん、大変だろうから。……基本的に夕霧町に誘われた人で、生きて戻って来られた人はいない。だから、天葬を知ってる人にとって生還者がいるなんて天地が返る程の衝撃なの」
そう言えば、何故町から脱出出来たのだろう?重たい霧を切り裂くような涼やかな鈴の音と、暖かくて安心する優しい声。あの声に従ったおかけで僕は助かった。
――あの人は誰だろう、知っている気がする……。
小鳥遊にも先程それを伝えようと思ったが、確信の無い話で期待を持たせるのは申し訳無いと思ったのだ。
万が一、夕霧町に誘われてしまっても、助かる方法があるかもしれないという小数点以下の可能性なんて。
「でも……それが学校に行く理由なの?」
「……既に噂になってるの。餞られ無かった人がいるって。しばらく好奇の目に晒される事になると思うけど……我慢してね」
小鳥遊は僕の方へ向き直り、そのまま近づいて来た。
白い病室で二人きり。鼓動が五月蝿い。本当に小鳥遊は僕の心を惑わす天才だ。――彼女といると色鮮やかな感情が芽生える。
「それと、私がルールを破ったのは私の意志だから。本当はここまで話すつもりは無かった。でも、貴方という立証人がいるから」
彼女の歩く動作がスローモーションに見えた。
「私はね、誰もが無理だと諦める確率でも信じてみたい。この町に生まれ育った私は、天葬で命を落とした人間を何人も見てきた」
「……!」
小鳥遊の言葉に、僕は絶句した。
それはつまり、天葬とやらで死んだ人間が数え切れない程いるという事。たった十五歳でそう言えるのだから、この町は死の儀式を何年……いや、何十年と繰り返しているのだ。
――御鳥様、神様なら町民を守るのが役目ではないのですか?
白い病室の天井に語り掛けたって、返答など無い。でも、そうせずにはいられなかった。
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