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「ずっとこのままで良い訳が無い。そんなの、皆分かってる」
距離が近くなると共に、声の語気が強くなっていく。
「……小鳥遊は、怖くないの?」
「怖いよ。でも、誰かが動かないと何も変わらない。今回は助かったから良いけど、次に誘われたら、今度は本当に死ぬかもしれないよ」
小鳥遊が座っていた椅子よりも近い距離。
ついに彼女は僕がいるベッドに手を付いて、強い意志を持った瞳で囁いた。
「ありがとう、鳳君」
「え?」
お礼を言われる様な事はしていない。寧ろ助けてもらった僕の方が感謝しきれない程だ。
「貴方が生還した事が、私に一縷の望みを与えてくれた。理不尽な死の宿命から逃れられると言う事を教えてくれた。だから……ありがとう」
――共犯者。僕達はきっとそういう関係。
秘密を共有する様な――背徳感と優越感の二律背反。
「僕の方こそありがとう。救急車を呼んでくれて、何より天葬の事を教えてくれて。他言無用ルールで、君こそ咎められるかもしれないのに」
小鳥遊は僕から離れると柔らかく微笑んだ。
「私が言われるのは構わない。それに、元々こんなだから今更何言われても気にしない」
「そんな事……!」
小鳥遊はふっと息を漏らした。
「それより、鳳君の方が大変かもね」
「そうかな?でも、前より思考はクリアになった気がするよ」
小鳥遊は首を振った。
「……学校で私と話さない方が良いよ。ルールを破った事なんて、こんな小さな町じゃ、すぐに皆の耳に入る。元より気まぐれでしか登校してないから、私の事を煙たがる人の方がほとんど」
学校独特のコミュニティが面倒臭いと言いたげだった。実際、僕もそう思う時がある。
人と違う事をすれば、村八分の扱いを受ける。この閉鎖的な組織では、順応する事を第一優先にしなければならない。
残念だが、どんなに機器は進化しても、学校は古い伝統と思考で縛られているのだ。
「大丈夫だ、小鳥遊」
自分でも驚く程、力強い声だった。
「僕は小鳥遊をちゃんと見ているから」
こんな恥ずかしい事、人生で初めてだ。こんな清々しい気持ちも、人生で初めてだ。
「ふっ……またね、鳳君」
小鳥遊はこの部屋唯一のシンプルな壁掛け時計を一瞥して、ミニテーブルの側に置いていたボストンタイプのスクールバッグを肩に掛けた。
僕も釣られて時計を確認すると、時刻は夜の七時半を過ぎていた。
小鳥遊は病室の扉をゆっくり開くと、去り際に僕の方を振り返って真剣な眼差しを向けて言った。
「これからもよろしくね、鳳君――」
小さな唇から発せられた柔らかな声色は、夕霧町で聞いたあの声に似ていた――。
扉が閉まったと同時に、僕は目を閉じた。張り詰めていた糸が一気に緩む。今日の小鳥遊の話は十分過ぎる収穫だった。
――朝霧町の宿命。
どうしようも無い事だと言うが、僕は素直に納得する事は出来なかった。小鳥遊も僕と同じ気持ちをずっと抱いていて、故にルールを破ってまで僕に話してくれたのではないか。
「……まさか、こんな事になるなんてな」
誰もいない静寂の中、僕の小さな声が部屋中に反響して虚しく消えた。
まだ、これで終わりでは無い――。
僕は瞼の裏側に映る、遠い夕霧町の景色を眺めながら、深い眠りに落ちた。
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