Chapter 3 「思惑《おもわく》」

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*May 16th 「本当に大丈夫か?」  十三日振りに戻った自宅は、相変わらず生活感がまるで無かった。  僕がいない間、家事や料理はどうしているだろうと心配したが、どうやら元気にやっていたらしい。……ゴミ箱はカップラーメンだらけだったが。 「大丈夫だよ。もう痛みも引いたし」 「無理するなよ?家事は俺も手伝うからさ」  家事をほとんどしない父さんが、ここまで言ってくれるなんて。多大な心配をお掛けしてごめんなさい。  ただ、天葬の事を隠しているので、僕が怪我をした本当の理由を父さんは知らない。  唯一の家族に嘘をつく事は気が引けたが、他言無用ルールが()かれているなら、話すのは辞めておいた方が良いだろう。  ――父さんを巻き込みたくない。  その想いが強かった。 「料理くらいはするよ。それに……その歳で不摂生は良くないよ」  僕がちらりとゴミ箱を見た事に気づいたらしく、父さんは罰が悪そうに頭を掻いた。 「あー……その方が良いな。それより、気をつけろよ?学校の裏山から滑り落ちるなんて」  救急車を呼んでくれた小鳥遊も嘘に協力してくれていた。だから父さんには、小鳥遊と学校の裏山で遊んでいる時に怪我をした事になっている。 「うん。それより、仕事はどう?」  僕はガサガサとビニール袋を(あさ)る。 「ん?あぁ、順調に進んでるよ」  病院からの帰り、父さんが車で迎えに来てくれたのだ。その道中でスーパーに寄ってもらい、食品を買い込んだ。  この足じゃ、長時間は歩けないから。 「まぁ、プロジェクトが軌道に乗れば後は成るようになるさ。それより……」  二人暮らしにしては大き過ぎる冷蔵庫に、食品を丁寧に並べていると、背後からプシュッと軽快な音が聞こえた。 「……もう飲むの?」 「もうって……お前、もう夜六時だぞ?」  もうそんな時間だったか。  壁掛け時計を見ると、もうすぐ六時になろうという所まで針が進んでいた。  夜の帳が下りる。  この町で日が暮れる事はとても重要なのだ。でもそのおかげで、今まで意識しなかった空の色が、こんなにも綺麗な芸術である事を知った。 「で、小鳥遊さんだっけ?彼女えらい美人だな。ガールフレンドか?」 「なっ……!」  何を言うんだこのオヤジは。  不敵な笑みを浮かべて、父さんは椅子に座った。黒いダイニングテーブルの上に飾られた花は、日向からもらった花束のチューリップだ。  まだ生きている分を花瓶(これも道中で購入した)に移したのだが、父さんは花の種類が変わろうが気にもしない。 「なぁ、もしそうなら父さんは嬉しいぞ」 「そ、そんなんじゃ無いよ!そもそも会って間も無いんだよ?」  きっと今の僕は、真っ赤なチューリップと同じ顔色をしているのだろう。 「照れんなよ。お前だってもう思春期なんだ。そういう事の一つや二つ、あっても不思議は無いし隠す事でも無いだろう」  ゴクリと喉を鳴らしてビールを飲んだ。
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