Chapter 3 「思惑《おもわく》」

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 病室には持ち込めない為、スタンド型充電器に挿しっぱなしにしていた携帯が光る。  こんな時間に?しかも僕に……誰だろう。  退院直後の安堵と、まだ微かに痛む足のだるさも相俟(あいま)って、携帯が置いてある机まで行くのが酷く億劫だった。  ――ピリリッ、ピリリ。  少し放ってみようかと考えたが、どうやら鳴り止みそうにない。  観念してのろのろと机に向かい、無機質な音を止める。 「はい、鳳です」  スピーカーの向こう側で、微かに息が聞こえた。 『もしもし、俺だけど』  声を知らなければ間違い無く切っている。 「……マツケン?」 『おうよ。今、ちょっといい?』  久しぶりに聞いた彼の声は、電話越しのせいか少し違う声色に聞こえた。 「いいけど……どうしたの?」 『今日が退院日だってセンセーに聞いたからよ。激励にな!』  相変わらずの明るさに、僕はほっとした。 「激励って……でもありがとう」  本当はこうして学校の友人に心配される事が、心苦しくも少し嬉しかった。それを口に出すのは恥ずかしいので胸に秘めておく。 『明日から来れるんだろ?』 「うん、そのつもり」 『休んでる間に宿題めっちゃ出てるぞー』  ニヤリと笑うマツケンの顔が容易に想像出来た。 「脅かさないでよ。それより、何の用?」 『ちぇっ、つれねぇなぁ』  声を聞けたのは嬉しいが、正直、今日は退院の手続きで朝からバタバタしていた為、今すぐにでも寝たい気分だった。 『疲れてるとこ悪いけど……明日さ、その、放課後空いてるか?』  躊躇(ためら)うような言い方に、微かな違和感を覚える。でも、それはすぐに解決した。 『本当は……その、思い出したくねぇと思うけどさ。えーと……やっぱ皆気になってるからさ』  あぁ……。小鳥遊が言っていたのはこういう事か。質問攻めに合うだろうから覚悟して、と。  疲れているし断る事も出来るが、他の人の様子を窺うチャンスでもある。ここは受ける事にしよう。 「空いてるよ」 『!そう、か。……それなら、お前が前に行きたがってたあの焼鳥屋はどうだ?』  気を遣っている。そうまでして話を聞きたいという逼迫(ひっぱく)した想いが伝わってくる。 「良いの?だって……」 『あぁ、それは問題無い。あそこは"そういう人"の為に作られた店だからな。なぁ、本当に良いのか?』  マツケンは急にトーンを落とす。 『自分で言っておいてあれだが……無理してねぇか?酷い怪我だったんだろ?俺は直接見てねぇけど、巫女さんに聞いたんだ。酷い有様だったと。そういや、小鳥遊が役目を果たしてくれたとも言ってたなぁ……何のこっちゃ分からんが、救急車を呼んでくれた事だろうけど』  僕はドキッとした。  つまり小鳥遊はあの後、天野と話をしていた。偶然その場に天野も居合わせたのか?僕が屋上で目覚めた時、確かに小鳥遊しかいなかった。その後わざわざ駆け付けた……。  救急車のサイレンなら聞こえない筈は無い。ましてやこんな静かな田舎町では、騒音レベルだろう。  だが、普通の病気や怪我という場合も大いにある。何故、天野は駆け付けたのか。
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