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「……天野さん、救急車に乗ったの?」
あの二人は僕の意識が闇に沈んでいる間、何を話していたのか。もし他言無用ルールの事を追求されていたら、小鳥遊が危ないのでは……。
ネガティブなイメージが脳内に渦巻く。
『いや、お前の父さんとか、学校とかには巫女さんが連絡したみたいだが、その場で見送ったってさ。何でも、"今は都合が悪い"とか言って帰ったとよ』
都合……ね。もしかしたら天野は、小鳥遊の口から僕に天葬の事を伝える為に遠慮したのか。
自分がいない所なら、多少の違反には目を瞑る。だから敢えて小鳥遊を止めなかった……とか。
『それがどうかしたのか?』
考え過ぎか――いや、完全な的外れでも無い。
天野とスミスミが見舞いに来てくれた日、天野は小鳥遊が来る事を予測していた様な口振りだったではないか。やはり、天野は分かっているのだ。"全て分かった上で行動しているのだ"。
『とり、……鳳!大丈夫か?!どっか痛むのか!』
夢中になり過ぎたようだ。
マツケンの心配する声が、冷静さを呼び戻した。
「あっ……ごめん。えーと、明日なら大丈夫だから、何時にする?」
『ったく、心配かけんなよなぁ。そりゃあ会ったばかりかもしれねぇけどさ、やっぱ……同級生の最期なんて見たくねぇんだよ……』
天葬を経験した僕にとって、それは鉛の様に重い言葉だった。
「ごめん。本当に大丈夫だから。まだ完治はしてないけど、普通に生活を送る分には問題無いよ」
『なら、良いけどよ。……もう分かってるかもしれねぇが、ここはな、死に近い町なんだ。――気を付けろよ』
「……ああ」
身体が弱っている時は、誰かの優しさが五臓六腑に染み渡る。
ありがとう、マツケン。
『時間は……そうだな、どうせ同じクラスだしホームルームが終わったらすぐでいいだろ?』
「そうだね」
『そういやさ、俺まだあんまり鳳の事知らないよな。なんだかんだ話す機会も無かったし』
言われてみればそうかもしれない。
天葬は災難だったが、秘密を隠し通すという皆の緊張感が少し解れた事に関しては、ある意味良かったのかもしれない。
『趣味とか好きな食べ物とか、意外とそういう事って知らねぇよなー』
「言われてみればそうかもね」
『だろ?ゴッホ好きをアピールしてる奴はともかくよ』
スミスミの事か。まぁ、あれだけ露骨だとね。
その後、二人で他愛も無い話をして盛り上がって、もう遅いからと電話を切った。
ふと窓の外を見ると、五月だというのに窓が結露していた。部屋の明かりが室内を反射してしまう為によく見えないが、恐らく霧が出ているのだろう。
携帯を充電器に戻して、そっと指でガラスを撫でてみる。濡れた指先、雫が落ちるガラス。指が通った跡は、僅かな一筋の隙間から僕の顔を映していた。
もう、戻れないのだと実感した霧の夜――。
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