Chapter 3 「思惑《おもわく》」

17/44
前へ
/311ページ
次へ
*May 17th  ――僕は酷く緊張していた。  朝霧中学校の門前で立ち尽くしている僕を見て、登校して来た生徒達が怪訝(けげん)な顔をして通り過ぎて行った。その他人の顔色に意味を探してしまって、吐き気がする。  昨夜、僕の入院費用の話をしたら、父さんは笑った。「そんな事、子供が気にするな」と。適当な嘘で怪我を誤魔化した事にも気付いているだろうに……本当に申し訳無い。  でも、やはり巻き込む訳にはいかないのだ。父さんだけは、悲しみや苦しみから一番遠い所にいて欲しい。 「はぁ……」  考える程、溜息が漏れる。  そう言えば……隣町に通っている父さんも、果たして儀式の対象になるのか。天葬が朝霧町の住民に限定される事は理解したが、贄になる人の基準は不明だった。住んでいるのは朝霧町だから、どうかなと思ったが、よく分からない。先行き不透明な間は心配をかけさせたくなかったのたが……。  いつも通り朝食を作り、ダイニングテーブルで向かい合った時も、何となくギクシャクしていたのは、僕が本当の理由を話すのを待っていたからだろうか。  本当にごめん、父さん。  深呼吸をすると、朝霧の残った冷気が肺に広がった。  その冷たさに気持ちを入れ替える。  そろそろ行かないと。チャイムまでのタイムリミットを確認するために、ポケットに手を突っ込む。僕は長い時間をかけて、一歩踏み出そうとした。 「――気をつけて、鳳君」  ビクリと心臓が跳ねる。踏み出した足が少しぐらついて、何とか体勢を整えた。  ついでに時間を確認しようと手にしていた携帯電話を、危うくゴツゴツした地面に落とすところだった。  慌てて振り返ると、不思議そうな顔をした小鳥遊鳴が後ろに立っていた。 「驚かすつもりは無かったんだけど。何してたの?」  朝日に濡鴉の髪が光っている。綺麗だ。  どうやら学校に来るという約束は本当だったらしい。 「おはよう。小鳥遊が学校にいる姿を見るのは新鮮だね」 「そう?まぁ、ほとんど来ないからね」  小鳥遊は素っ気無く言った。  改めて小鳥遊を見ると、黒のセーラー服に紅いスカーフという伝統の制服が、これ程似合う人間もなかなかいない。古典的な(よそお)いが、小鳥遊によく似合っていた。  本当に烏みたいだな――。 「正直……来ないかと少しだけ思ったよ」 「約束だから。私が貴方に話してしまった責任」  責任、か。たった二文字がどんな巨岩(きょがん)より重いなんて不思議だ。  その言葉に押し潰されないよう、ギリギリで踏ん張る事しか出来ない僕。すでに潰れかけの僕は、それをいつまで支えられるのだろうか。
/311ページ

最初のコメントを投稿しよう!

229人が本棚に入れています
本棚に追加