Chapter 3 「思惑《おもわく》」

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 ――痛い。視線が、感情が、僕に向けられる全てのものが凶器だった。  入った瞬間全員が振り向き、身体を貫かれる程の視線を浴びた。  転校初日に感じた冷たい海の空気では無く、海底火山の様に静かに湧き上がる泡、だ。  冷水の中に混じる灼熱の視線は、じわじわと僕の不安を(あお)った。多少なりとも覚悟をして来たつもりだが、纏わり付く様に絡む泡が無遠慮に僕を汚す。  ――気持ち悪い。  吐き気を(もよお)して、思わず口元を押さえる。  火種が煙を上げ始める。  心の端が(くすぶ)る気配を感じ、余計な連想ゲームに繋がらないよう、すぐに思考を切り替える。 「おはよ……鳳。お前、本当にもう退院して大丈夫なのか?何か……顔色悪ぃぞ?」  マツケンが寝ぼけ(まなこ)を擦りながら、僕の横を通り過ぎた。昨夜、電話で声を聞いたばかりだが、顔を見ると酷く安心した。 「僕はもう大丈夫。完治した訳じゃないから、体育はまだ駄目だけど……」  左足に視線を落とす。  スラックスと上履きの間に、綺麗にまかれた包帯が顔を覗かせていた。 「マジ無理すんなよ?」  先程まで眠そうに欠伸(あくび)をしていたのに、昨晩の電話と同じ声で不安げに僕を見た。 「あ、鳳君!足はもう大丈夫?お見舞いに行った時にはちょっと痛そうな顔をしてたから……」  姿は見えないが右後方から声が飛んできた。顔を向けなければ見えない事に、この時ばかりは(わずら)わしさを覚えた。  それ程彼の優しい声が、微笑みが落ち着くかもしれない。確かに彼は、鋭いナイフの(きっさき)の様な部分を持ち合わせているが、それでも日常で会える事はとても嬉しかった。 「スミスミ、久し振り……でもないか。足はまあまあかな。逆にずっと病院にいる方が退屈過ぎてどうにかなりそうだったよ」 「そっか。なら良かった」 「まぁ、身体は大事にしねぇとな。……あれ?小鳥遊じゃん。……珍しいな」  小鳥遊の名だけワントーン落としたマツケン。  マツケンの視線の先――窓際を見遣ると、我関(われかん)せずの小鳥遊がクラスメイト達の不穏な空気を気にする様子も無く着席した。  クラスが(さざなみ)の様にざわめく。  彼女の席は窓際の一番後ろ。孤独を愛する席だ。  途中の階段で見失ったので、僕より先に教室に入っていたのだと思っていたが、どうやら何処か寄ったらしい。 「……小鳥遊さんが朝から来るなんて珍しいね。たまに図書室で巫女様と見かける事はあるけど」  それは初耳だ。それにとても興味深い。 「何て言うか、自由人だよなぁ。変な奴だよ、小鳥遊は」  クラスは小鳥遊を腫れ物扱いしていた。当の本人は全く気にしていない様子だが、何だか居たたまれない。  二週間も離れていないのに、凄く新鮮に見える教室を見渡すと、見舞いに来てくれた日向と天野の姿が無い事に気がついた。 「……日向さんと天野さんは?」
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