Chapter 3 「思惑《おもわく》」

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*** 「――鳳君、ちょっといい?」  声を掛けてきた相手が小鳥遊でなければ、僕は断っていたかもしれない。  暖かな日差しが降り注ぐ絶好の読書日和。あんな事が起こってから、ホラー小説を読む気がしなかったのだが……。退院して表面的だけでも日常を取り戻した安堵感からか、今はページを開く欲求が高まっている。 「何?」 「話したい事があるの。屋上で」  コンビニの袋を提げた小鳥遊はそう言った。  ――昼休み。以前は居心地の良い騒音だったのだが、今は噂好きな人形達が囁く声で充満していた。  それはイレギュラーな僕に向けられたものであって。珍しく全ての授業に参加している小鳥遊に向けられたものであって。例えようの無い不安の衝撃が僕を(なぶ)った。  酷く気持ちが悪い。  こんな状況下だ。教室で食事をする気分では無かったので、早起きをして自作した弁当を持って人気(ひとけ)の無い中庭にでも行こうかと考えていた矢先、小鳥遊の声が降ってきたのだ。 「いいよ、行こうか。食べながら話そうよ」  ランチバッグを持って立ち上がる。一瞬、鞄に入っている読みかけの小説が気になったが、そのままにしておいた。  何故なら、気のせいだと片付ける事が出来ない程、胸が高鳴っていたからだ。 「今日という日には勿体無いくらいの快晴。こんな状況じゃ無ければ良かったのにね」  小鳥遊は面白そうな顔をしてつまらなそうに呟いた。 「……ごめん」  僕は上手い返答が思いつかず、便利な言葉に逃げた。その言葉に、小鳥遊が微かに眉を(ひそ)めた。 「意味の無い謝罪なんてしない方が良い。天葬は誰のせいでも無い、朝霧町に刻まれた"必然"だから。それに、そういうの嫌い」 「……ありがとう。小鳥遊こそ、あまり思い詰めない様にね」 「――私は違うの。自分の意志で死に関わる事を決めたから。……それより、早く行った方がいい。貴方が輪の外に(はじ)き出されたいなら別だけど」  複雑に入り組んだ知恵の輪みたいな言い方をするものだから、思わず口角が上がる。小鳥遊らしいな、と。  そんなに遠回りしなくても、君の意図は伝わっているよ。君が僕を心配してくれている事を。 「……行こうか」  温もりの残る席を離れる。携帯をこっそりスラックスのポケットに忍ばせて。  はぁ……。空はこんなにも青いのに、僕の心は曇天のまま。  ――どうすれば、望む空は見えるのか。
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