Chapter 3 「思惑《おもわく》」

22/44
前へ
/311ページ
次へ
***    屋上への階段は薄暗く、断頭台のそれに似ていた。実際に見た事は無いので、正確に言うならば似ているのかもしれない、だが。  ぼんやりと見上げた先にある、錆び付いて汚れた鉄扉(てっぴ)から漏れる光が、空気中の塵と埃を照らしキラキラと輝いていた。 「立入禁止かな?」 「大丈夫、鍵は壊れてる」  にべもない。小鳥遊はそのまま薄汚れた階段に一歩踏み出した。  辿り着く場所が楽園であると(うそぶ)く死神の様に、異様に暗い階段が心を震わせる。  (ひそ)やかな儀式が行われる直前の、戸惑いと(たか)ぶりを僕は感じていた。  下から見るよりさらに古びていた鉄扉には、時間が経って黄ばんだ紙に書かれた『むやみな立ち入りを禁ずる』という陳腐な戒め。  扉の下の床に落ちている錆を見るに守られた事は無いのだろう。ここまでだと最早、守らせる気が無いとも思える。 「よく、ここ来るの?」  人気の無い階段に反響した僕の声。思いの外響いた事に少し驚き、思わず周囲を確認した。 「好きだから。屋上から見る町の景色が。一番好きなのは、夜の帳が下りる寸前の薄暮――空の境が明確になる瞬間かな」 「屋上から僕が見た景色はここじゃない。僕はここの景色を見てみたいな」 「夕霧町の薄暮も嫌いじゃないよ」 「……えっ」  違和感をかき消す程の(きし)む音と共に、小鳥遊は死の楽園に通じる鉄扉を押し開けた。  ――眩しい。  刺す様な強い日差しの中、目の前には鉄扉と同様に錆び付いたフェンスと、色褪せた床が広がっていた。夕霧町で見た酷く退廃(たいはい)的な景色だった。  屋上のこの錆び付いた臭い……。これは現実も同じだな。鼻をつく酸化鉄の臭いに、思わず眉を顰めた。  清々しい快晴の中、澄んだ空気と光を浴びて深呼吸をしてみる。都会とは違う吸い込んでも吐きたくない空気だ。  この部分だけを切り取って見れば、平和な青春の1ページとして飾ることが出来るだろう。ページの裏側に染み込んだ血を知らなければ――。 「……ちょうど、あの辺りかな。鳳君が酷い怪我をして倒れていた場所」  小鳥遊の細く白い指が屋上の端を指した。
/311ページ

最初のコメントを投稿しよう!

229人が本棚に入れています
本棚に追加