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屋上への階段は薄暗く、断頭台のそれに似ていた。実際に見た事は無いので、正確に言うならば似ているのかもしれない、だが。
ぼんやりと見上げた先にある、錆び付いて汚れた鉄扉から漏れる光が、空気中の塵と埃を照らしキラキラと輝いていた。
「立入禁止かな?」
「大丈夫、鍵は壊れてる」
にべもない。小鳥遊はそのまま薄汚れた階段に一歩踏み出した。
辿り着く場所が楽園であると嘯く死神の様に、異様に暗い階段が心を震わせる。
密やかな儀式が行われる直前の、戸惑いと昂ぶりを僕は感じていた。
下から見るよりさらに古びていた鉄扉には、時間が経って黄ばんだ紙に書かれた『むやみな立ち入りを禁ずる』という陳腐な戒め。
扉の下の床に落ちている錆を見るに守られた事は無いのだろう。ここまでだと最早、守らせる気が無いとも思える。
「よく、ここ来るの?」
人気の無い階段に反響した僕の声。思いの外響いた事に少し驚き、思わず周囲を確認した。
「好きだから。屋上から見る町の景色が。一番好きなのは、夜の帳が下りる寸前の薄暮――空の境が明確になる瞬間かな」
「屋上から僕が見た景色はここじゃない。僕はここの景色を見てみたいな」
「夕霧町の薄暮も嫌いじゃないよ」
「……えっ」
違和感をかき消す程の軋む音と共に、小鳥遊は死の楽園に通じる鉄扉を押し開けた。
――眩しい。
刺す様な強い日差しの中、目の前には鉄扉と同様に錆び付いたフェンスと、色褪せた床が広がっていた。夕霧町で見た酷く退廃的な景色だった。
屋上のこの錆び付いた臭い……。これは現実も同じだな。鼻をつく酸化鉄の臭いに、思わず眉を顰めた。
清々しい快晴の中、澄んだ空気と光を浴びて深呼吸をしてみる。都会とは違う吸い込んでも吐きたくない空気だ。
この部分だけを切り取って見れば、平和な青春の1ページとして飾ることが出来るだろう。ページの裏側に染み込んだ血を知らなければ――。
「……ちょうど、あの辺りかな。鳳君が酷い怪我をして倒れていた場所」
小鳥遊の細く白い指が屋上の端を指した。
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