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「全然、覚えてないんだよね。出血と痛みで夢現だったから……」
「あの時、鳳君が動いた瞬間を見ていたから。今更だけど、コゲラの呼び声が聞こえた時に伝えておくべきだった。ルールがあるから躊躇してしまったの。すぐに動かないでって言おうとしたんだけど後の祭りで……酷い怪我をさせる事になってごめんなさい」
小鳥遊は僕の方へ向き直ると、目を伏せて頭を下げた。
優しく吹いたそよ風が、漆黒の毛先を撫でて揺らした。彼女の長い睫毛の影が顔に落ちた。
微かに震える淡い唇に、優しく人差し指を当てたくなった。
「そういうの、いらないから」
小鳥遊は顔を上げず、小さく息を呑む音が聞こえた。彼女が動揺している姿を初めて見たかもしれない。それ程、黒い羽根が艶めく烏のように堂々としていたから。
「――意味の無い謝罪はしない方が良い。じゃなかった?」
「……そうね」
ゆっくり顔を上げた小鳥遊は微笑んでいた。
「お腹空いたし、食べない?」
雨風に晒された屋上の床は、お世辞にも綺麗とは言えない状態だった。砂埃や錆が酷くそのまま座る事は憚られたので、3年前に改修したらしい比較的綺麗な給水塔に座る事にした。
立ち入る事を禁止されている屋上で、給水塔の上に座って二人きり。少女漫画のワンシーンにも似たこの状況に、僕は少しドキドキしていた。鼓動が速まり血管が拡張したせいか、まだ包帯の取れない左足首がじくじくと熱を持って疼いた。
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