Chapter 3 「思惑《おもわく》」

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「皆が気になる様に、私も気になるから。あの町に誘われて還って来た贄はいないから」  真剣な眼差しで小鳥遊は僕を見つめた。その瞳はどこか(すが)り付く様な色をしていた。  クラスメイト達からの無遠慮な視線を心配してくれた小鳥遊だが、彼女は天葬という宿命を終わらせたいのだろう。  一番初めに聞かれた人が小鳥遊で良かった。  天野は複雑な立場だが、マツケンやスミスミ、日向に聞かれたら僕は返す言葉が見つからない。勿論、何故戻る事が出来たのか分からないという意味も含め、町の一員としてしきたりを遵守(じゅんしゅ)する彼らの思いを受け止める事が出来そうに無かった。 「ごめん。それに関しては"分からない"という回答しかできないんだ」 「分かってる。それは大前提だから。……質問を変えるね。何故屋上へ向かったの?人は絶体絶命の危機に(おちい)ったら、今まで無下(むげ)にしていた神でさえ(あが)めるのに」  小鳥遊の言わんとする事はもう気がついていた。 「どうして……天野神社に向かわなかったの?」  所詮、信仰心なんてものは人間様のご都合次第。自分の思い通りにならなければ価値が無いと即座に切り捨てる。  ――今まで一度も価値を見出そうとしなかったくせに。  ――内心では馬鹿にして(さげす)んでいたくせに。  ――神なんて超常現象、寂しい人間の空想の産物だと嘲笑(あざわら)っていたくせに。  死の影に襲われて天野神社に逃げようとした僕も同類だ。御鳥様の事を知らず、縋る様な思いを抱いて神社を目指していた事は確かな感情だった。  余所者(よそもの)だから――ではない。  だからこそこの町を愛し、偽りの無い信仰心を抱いている人達に聞かれる事が怖かった。 「……向かおうとしたんだ。神聖な神社なら安心って。よく知りもしないのにね」 「そう。貴方は"知らない人"だから気にする必要無い。私だって御鳥様に信仰と忠誠を誓えない。ただ……餞られた贄達のほとんどは裏山か校舎裏の抜け道で発見されてるから、ね」  浅見花鳥も校庭にある卒業記念の桜の下で発見された。あの桜の木を抜ければ校舎裏の裏口は目と鼻の先だったはずだ。
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