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「僕も同じだよ。当初はそのつもりだった」
「"当初"は?」
「死の影――御鳥様の攻撃を食らってさ。……それがこの左足なんだけどね。とてもじゃないけど動き回れる状態じゃ無かったから。少しでも時間を稼げる隠れ場所を探したんだ」
「……そう。住宅街の様に狭すぎず、校庭の様に広すぎず、尚且つ空から見を隠せる場所と言えば校舎という訳ね」
小鳥遊は推理小説に出てくる探偵の様に顎に白い手を当てて考え込む仕草をした。
彼女の推理は僕の思考を綺麗に的中していた。
「そんなところかな。正直、もう無理だと思ったよ」
朝霧町によく似た町で見知らぬ死の影と鬼ごっこだなんて、どんなホラー小説だ。包帯の下で皮膚が引き攣る違和感と軽い痛みが幻では無いと僕に伝えていた。
「でも貴方は諦めなかった。幸いにも傷はそこまで深く無かったとしても、大量出血で死ぬ可能性があった。何もしなければ何も知らないまま終われたのにね」
「……そう、かもね」
――違う。違うんだ。寧ろ何も知らないまま終わる事が悔しかった。
諦めかけた僕を救ったのは他でも無い僕自身の好奇心だった。それが僕を夕霧町に誘い死の影を引き寄せ、それが僕の足を最後まで動かす原動力になった。
「何が鳳君を駆り立てたの?――何が貴方を死の淵から引き上げてくれたの?」
呼吸さえ凍る静かな空間。小鳥遊の言葉に僕は重い頭を最大限に回転させた。
好奇心?それとも死の恐怖?
いや、最大の理由はあの優しい声……諭す様なあの声が僕の背中を押したのだ。
あの鈴を転がした優しく綺麗な声があったから僕は今ここにいるのではないか。
僕の口元を見て開口を待ち侘びる小鳥遊に、僕は長年の秘密を打ち明ける様な緊張感を持って伝えた。
「声が……声が聞こえたんだ。鈴の音を転がした様な声が――」
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