Chapter 3 「思惑《おもわく》」

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「……声?」  一瞬の沈黙の後、小鳥遊は小さく呟いた。 「そう、声が聞こえたんだ。霞む頭の中、鈴の音が鳴っていると思ったら優しい声がしたんだ。よく覚えてないけど、多分女性の声だったと思う」 「その幻の声の言う通りにしたの?……幻聴に耳を貸すなんて変わってるね」  もっと具体的な回答を期待していたのか、小鳥遊は嘲笑(あざわら)う様に言った。 「極限状態の中で、僕を呼ぶ声が聞こえたら縋りたくなってね。僕も当然死ぬ事は怖いと思ってる。だからこそその声に従う事で、けし粒程の可能性しか無くても助かる道があるから耳を傾けたんだ。選択肢なんて無かったよ」 「……気に(さわ)った?馬鹿にしてる訳じゃないの。ただ天葬から……、御鳥様から逃れられる方法があるなら抽象的な答えは求めてないだけ」  小鳥遊の言う事は正論だ。生死問題に曖昧な発言は禁物。だが、僕もそれ以上知らないのだから仕方が無い。  ふと天野が言っていた事を思い出した。小鳥遊はしきたりにご執心だと――。 「死ぬかもしれないのに、嘘の回答をする訳にはいかない。僕は自分が見聞きした事だけしか知らないし答えられない。だから――」 「……ふふっ。真面目ね、鳳君。……ふふふ」  言葉を続けようとした僕を小鳥遊の小さな笑い声が(さえぎ)った。  彼女が声を上げて笑う顔を見たのは初めてだった。僕のイメージではモナリザの微笑を浮かべても、ムンクの叫びの様に感情を出さないと思っていたのに。 「……ごめんなさいね。ただ、貴方が本当にこの天葬を、理不尽な死を本心で終わらせたいのだと分かったから。――貴方なら、血の匂いを(ただよ)わせる夕霧も払えそうな気がする」  小鳥遊は言い終わらない内に給水塔から飛び降りた。猫の様に華麗に着地し、澄んだ爽やかな風に髪を(なび)かせながら上にいる僕を見た。 「今度、詳しく聞かせてくれる?――その救世主(めしあ)の声の事」 「今度って……何なら今話そうと思ったんだけど?」 「……私も聞きたいけど、今は止めた方が良さそうね」
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