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「……どういう事?」
"死"という言葉が頭の中で繰り返される。
僕の中で真っ先に結びついた記憶は校庭の記念樹の根に祈る様に置かれた供花。
『――何も知らない可哀想な鳥。』
確かに彼女は僕にそう告げた。
「それは私にも、そして鳳君……貴方にも言える事」
――僕も死ぬ可能性がある?何故?
不慮の事故なら何時死んでもおかしくは無い。だが彼女の様子からして、偶発的な事故を言っている訳では無いという事は明白だった。まさか、この学校には殺人鬼がいるとでも言うのか。
霧に身を潜める不可視の死神が――。
「……なんで、どうして?」
『冷静になれ』と頭の片隅でもう一人の僕が宥めているが、そうするにはあまりに内容がハード過ぎた。
意味が分からず動揺する僕を見て、音を出さずに肩で大きな一息を吐いた小鳥遊は少し語気を強めて語り始めた。
「あの記念樹の供花……哀れな鳥の話をしようか」
パンドラの匣の中身を知る寸前の緊張感。
禁忌を犯す寸前の罪悪感。
知ってしまったら戻れない焦燥感。
長い間探していた物が見つかる達成感。
あらゆる感情が胸を埋め尽くし、いつの間にか僕は喘ぐ様に浅い呼吸をしていた。
胸を押さえてどうにか小鳥遊の言葉に耳を傾ける。
「――"それ"が起こったのは四月初旬。貴方が転校して来る前の話」
静かに語りだした小鳥遊は椅子に深く座り直した。
古い椅子がキィと小さな音を立てた。
「その鳥はね、貴方と同じ転校生だった。去年の秋、ニ年三組に。私はたまたま同じクラスだったの」
「……僕と同じ状況だね」
「その子は"アトリ"って名前の女生徒だった。ピアノが得意で吹奏楽部に入ってた。その年の合唱コンクールの伴奏もやってたと思う。朝霧中の吹奏楽部は練習がキツイ事で有名で、帰宅が夜遅くなる事も結構あったみたい」
ピアノが得意で部活に力を入れる転校生。ここまではごくありふれた普通の話だ。
「三年生になってまた同じクラスになった。正直私は誰と同じクラスになるかなんて全然興味無くて。アトリともほとんど話した事無かった。その子がね、始業式の次の日にある各部活の新入生歓迎会で演奏会を催すらしくて。たまたまその日来ていた私に見に来て欲しいって。……結果的には断ったんだけどね。用事もあったし。それで始業式の日もその為に吹奏楽部は練習してたんだって」
「始業式の日も?練習熱心だね」
演奏会が近いなら致し方無いのかもしれないが、マイペース派の僕にはこの学校の吹奏楽部は到底無理だな。
静かな夜こそ読書に集中出来る最高の時間だから。
「キツイ事で有名だから、ね。その代わり他の町の他校からも絶賛される程パフォーマンスは凄いよ。……それで、その日最後まで練習していたのは吹奏楽部だけ。他の運動部も夕方四時には切り上げてたみたい。最終調整が終わって結局学校を出たのが夜六時頃。アトリの自宅は部活の皆と方向が違って、一人で夜道を歩いていたらしいの」
夜の畦道――。危険な事は容易に想像出来た。特に朝霧町は駅周辺を除いて街灯がほとんど無い。
きっと美しい星空の下には誰かの断末魔か響いているのだ。
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