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「待たせたわね、ごめんなさい」
綺麗に手入れされた枝毛の無い艷やかなツインテールが大きく揺れた。シックなモスグリーンのスエード調のリボンが良く似合っている。
「いいっていいって!生徒会長様。さっきセンセーに呼ばれてるの見かけたから生徒会の仕事だろ?」
ニコニコという擬音が似合う満面の笑みでマツケンは右手をひらひらと振った。
蓋付きの古い木の下駄箱から恐らく合皮では無い本革の上質なローファを取り出しながら、日向は「そんなところよ」と顔を上げずに返事をした。
「大した用事でも無いのに呼び出さないで欲しいわね。あの先生、申し訳無いけど頼りなくて困るのよ」
「生徒会の担当教師って誰だっけ?鳰センセーじゃ無いのは知ってるけど」
「設楽先生よ。気の弱そうな数学担当の」
「あー……確かにそりゃご苦労さん」
放課後の喧騒に包まれる昇降口で、僕はぼんやりと二人のやり取りを眺めていた。
三時限目の小鳥遊の言葉が頭から離れない。
おかげで体育はぼーっとし過ぎてマツケンの謎の豪速球とやらに直撃してしまった。ギリギリで右目に当たる事だけは避けたが、ハンドボール用で行っていたので思い切り受けた右肩が痛い。……そもそもハンドボール用でドッジボールなんてしないで欲しいのだが。
当人のマツケンは顔面蒼白で必死に謝っていたが、僕はそこまで気にしていないので適当に宥めた。そっち側を狙ってしまったという罪悪感でもあったのだろうか。
「皆揃ったし……行こうか?いつまでもここにいたら邪魔だし」
僕の後ろにいたスミスミが二人を促した。
「そうね……あら、巫女様も一緒なのね」
下駄箱の影、僕達から少し離れた所で本を読んでいた"巫女様"を目敏く見つけた日向があからさまに嫌そうな顔をした。
「面白そうだったから。それに私も鳳君の事知りたいし」
パタリと本を閉じて、幽霊の様に最小限の動きで影から現れた天野。伝統的なセーラー服が異常な程良く似合っている。胸元の深紅のスカーフは鮮血で染めたのではないかと疑う程紅かった。
そもそも彼女が直接行きたいと言った訳では無いのだが、教室でスミスミ達と話していたらたまたま近くにいた天野を誘う運びになったのだ。
日向が生徒会の仕事に向かった直後の出来事だった為、彼女が知らなかったのは仕方が無い。
そして何より天野を誘ったのはスミスミだ。
その時の彼の行動は必死と言うか、可愛らしいと言うか……頬をほんのり染めて言葉に詰まる様子は興味深かった。美術部部長というだけあって、血の通った美しい人形に惹かれるのかもしれない。
マツケンも僕と同じ事を考えていたのか、スミスミと天野のやり取りを見ていた顔が気持ち悪い程ニヤけていた。
「巫女様も歓迎しているんだよ。勿論、僕達もね。朝霧町は過疎化で同年代の若者少ないから」
「あら、スミスミは熟女好きだと思ってわ」
日向がスミスミを揶揄った。
先程見せた歪んだ顔は見る影も無く、普段の勝ち気な顔に戻っていた。
「そういやあそうだ!お前音楽の鴨志田先生に良く絡んでたじゃねぇか。別に吹奏楽部でも合唱部でもねぇのにさ」
ケラケラ笑うマツケンの言葉に僕は思わず首を傾げた。
「……鴨志田先生?」
そんな先生教師一覧表に書かれていたかな……。
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