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*April 21th
車窓を打ち付ける雨が弱まってきた頃。
いつの間にか寝てしまっていた僕は車内放送のしゃがれたお爺さんの声で目覚めた。朝早くに家を出たせいで、せっかくの新幹線は景色を楽しむ事も駅弁を食す事も無くただただ惰眠を貪っていた。
昨夜遅くから降り出した雨は町並みをすっかり濡らしていた。住み慣れた家を出る寂しさと雨の匂いが結び付けられて、雨の音を意識する度に寂寥感を覚えて胸が痛む。
隣の席で同じく眠りこけている父さんは、静かな寝息と共に束の間の休息を謳歌していた。
「……ありがとう」
忙しい業務の合間を縫って今日という日の為に準備してくれて。普段何も言わないけど、僕の事を凄く慮ってくれて……。面と向かって言えない卑怯な僕――。自覚しているから"たちが悪い"。
一番大変だったのは大量の書籍を詰めることだった。父さんはほとんど仕事関係の啓発本で、僕はハードカバーから文庫本までホラー小説を中心とした小説たち。正確に数えた事は無いが、合わせて三百冊は超えていた。
少しずつ整理をしていたものの、僕も学校の手続きで何度も区役所に足を運んでいたため、直前になっても思うように進まなかったのだ。
『次は、終点――朝霧駅、朝霧駅。終点です。お忘れ物の無いようにご注意ください』
田舎のローカル電車のせいか、古そうなスピーカーからは雑音混じりでくぐもった声が響いた。僅か二両編成の車内には僕達を含めて四人しか乗っていなかった。おまけにワンマン運転。
駅のホームが近いのか、コンプレッサーが切れる音が鼓膜を震わせた。ゆっくり減速したレトロな電車は終着駅――『朝霧駅』に着いた。
――あれ?誰か立ってる……。
ホームと逆の窓の向こう側。霞む風景の中に周囲から切り離された様な凛とした……子供だろうか?何やら裾の長い振り袖に似た純白の衣服を着て電車を睨んでいた。
気のせいか、目が合った気がした――。
見慣れない景色に見慣れない町。退廃的な雰囲気漂う駅のホームに着くと、僕は思わず目を擦って夢じゃないか確認した。
豪雪地帯でも無いのにホワイトアウトしかけた視界。その正体はすぐに判明した。
町全体を隠す様に広がった冷たい朝霧――。
父さんも一瞬驚いた顔をしたが、事前に下見をしていたらしいので、大したリアクションをせずに改札に向かった。
無人駅の改札を抜けたら広がる知らない景色。
一瞬背中を駆け抜けた悪寒を霧のせいにして僕は一歩踏み出した――。
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