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「貴方の不安は分かるわ。出来れば二人きりで話したいの。……いない所で、ね」
日向はちらりと横目で後ろを見た。
その視線の先には無機質な人形の様な天野雲雀がいた。
彼女に聞かれると都合が悪い話……なのか?
「だから、今度一緒に会わない?そうね……場所や日時は学校で話しましょう。もしくは鳳君、携帯持ってるかしら?」
まだ携帯電話を持っている学生は珍しく、東京にいた時もクラス内で持っているのは三十人中十人程だった。
ちなみに僕は持っている。ほとんど父さんとしか電話しないが。
僕が頷いたのを見て、日向はさらに声を潜めた。僕の耳元に綺麗な色の唇をぐっと近づけて囁く。
「私も。次会った時に交換しましょう。生憎、今は持っていないのよ。だから――」
「そろそろ行かねぇ?ホタルの群れも落ち着いたみたいだしよ」
不機嫌な顔をしたマツケンが僕達を遮った。
「そうだね」
正直、この状況を長く続けたく無かったのでマツケンには心の中で感謝した。
日向の香水の甘い匂いが僕から離れる。
「……ちっ、まぁいいわ。話の続きはまた今度。もう遅いから信号の交差点まで送ってあげるわ」
「助かるよ」
ふと強い視線を感じて見遣ると、鬱蒼とした黒い森の中にガラスの様な硬い目が二つ。闇に浮かぶその目は怪しく光り、鋭い視線でこちらを凝視していた。
――何だ?あれは……。
捉えようと目を凝らしたら、幻の様にふっと消えてしまった。
「暗いから落ちないように気をつけてね」
スミスミに促され、僕達は来た道を戻る。
どことなく不思議な冷気を放つ三玉川は、夜の闇に飲まれて黒い水を流し続けている。
古びた三玉橋の欄干に止まる一匹の蛍の光。あの揺らぐ命の光は僅か一週間足らずで消えてしまうと思うと、スミスミの言う当たり前の明日は当たり前でないと痛感する。
揺蕩う月はいつもと同じなのに。何故だろう。あの綺麗な月明かりが濁って見える。
視線を欄干に戻すと、いつの間にか蛍の光は消えていた――。
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