Prologue

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「……綺麗だね。二人にしては広いんじゃない?」  開けた瞬間に備え付けのポプリが良い匂いをさせて待っていた。  良く磨かれた石の玄関に、ウォークインクローゼット、曇の無い姿見(すがたみ)。芸能人が住んでいそうだな。  念入りにワックスがけされた鏡の様な木のフローリングを、捨てようと思っていた古い靴下で踏むことが酷く(はばか)られる。 「何してんだ?とりあえず必要な物は荷解きしとけよ。ちなみに優一の部屋はあそこだ」  人差し指の先を辿ると、ベランダに一番近い端の扉に着いた。  シックな茶色の重厚(じゅうこう)そうな扉を開けると、六畳程のシンプルな作りの部屋だった。  東京の家にあった家具は全て売り払ってしまったため、私物と言えば大量の本ぐらい。新調した家具は先に送ってあったので、ベッドも机もセッティング済み。直感で選んだガラス戸付きの大きな本棚に、後で適当に入れておこう。  そこら辺にバッグを置いて、荷解きより先にベランダに向かった。早く十三階からの景色を見たかったのだ。  汚れ一つ無い新品の遮光カーテンを開け、クレセント(じょう)を外しベランダに出た。既にベランダ用のサンダルが揃っていて、常に先手を打つ父さんの性格に心の中で笑った。 「気持良いな……」  開けた途端に吹き込む済んだ空気と涼やかな春風。目を閉じて自然を堪能しながら、サンダルを履いて空を見上げた。  霧に霞む青空、偏西風の勢い、上空を自由に飛ぶ小鳥――全てが見事に町と調和していた。  何となく指でファインダーを作って空を切り取ってみる。中を覗けば、鬱陶しいと思っていた霧も一枚の絵画に見えた。 「……ここなら嫌な物を見なくても済みそうだな」  東京の空は狭くて、見上げても排気ガスで空気は汚れ、鳥すら滅多に飛んでいない。仮にいたとしてもほぼ(からす)(すずめ)、ドバトだ。  首が疲れたのでふと地上に視線を移すと――、 「――あれ?誰か歩いてる」  町に着いた時より幾分マシになった朝霧の中、雲海の様にぼやけた道を歩く黒い影が見えた。  
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