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*May 3rd
――薄暮の町並みは酷く悍ましい。
世間はゴールデンウィークで浮かれていると言うのに、相変わらず朝霧町は普段と変わらぬ静けさに包まれていた。まるで俗世から切り離された辺境地の如く。夜の帳が下りれば黒より濃い暗闇が待ち受けている。
――早く帰らないと。
天野と偶然会った時に借りた本を返しに図書館へ向かった帰り道。すぐ帰る筈が思いの外読書に熱中してしまい、すっかり外は黄昏色。巣に急ぐ鳥達の鳴き声が辺りに響き渡っていた。
蛙の合唱が鳴り響く畦道を駆け抜ける。夜道を歩けば餞られるかもしれない――そんな恐怖心が僕を走らせていた。
浅見花鳥の件、昨日の双木達の会話の件で、僕はすっかり怯えてしまった。
顔にこそ出さないようにしていたが、昨夜仕事から帰って来た父さんに心配されてしまったのだ。
何でも無いと返しても訝しむ父さんに心の中で謝りながら、僕は夕飯後、さっさとお風呂を済ませて床に入ってしまった。
日課の読書もせず、僕はそのまま布団を頭から被った。
死の影から隠れる様に固く目を瞑った。
荒ぶる鼓動とは裏腹に末端は急速に冷えていく。震える指先を温めながら、朝が来る事を強く祈った。
どうかしていると思う。たかがしきたりなどという古い習わしじゃないか。何をそんなに怯える必要があるのか。しっかりしろ。
頭の済で蹲る本能に向かって慰めの言葉を掛けてみても、反応は変わらず。
そんな調子だから本当は今日、外に出たく無かったのだが、ふと返却期限を思い出して渋々靴を履き替えたのだった。
「はっ、はっ……」
僕の浅い呼吸が誰もいない田園に響き渡る。
信号だけが虚しく点滅する交差点。ここを抜ければ僕が住むマンションまで後少し。
車通りが少ないとはいえ、ルールを無視する事は僕には出来なかった。誰も居ない交差点が青信号になるのを待ってから再び走り出した。
――後もう少し……!
速度を上げて風を切った。夜という闇が影を飲み込む前に――早く!
「……!!うわっ!」
視界が暗転する。
突如眼前に現れた影。急すぎる出来事に酷く驚いて足が縺れた。危うく転倒しそうになり、慌てて体勢を整える。
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