Chapter 2 「誘引《ゆういん》」

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 勢い良く振り向いた小鳥遊が少し驚いた顔をした。  顔が熱い。どうして一緒に行くだなんて。後日にすれば?とでも言えば良かったのに。 「え、と……その」  この気まずい雰囲気。  互いに掛ける言葉を探しているのだ。  僕は深呼吸をした。吐いた言葉は戻らない。それならとことんそれに乗るしかないのだ。 「小鳥遊さん、今の言葉は――」  僕が彼女を呼んだ刹那、生温い風が吹き抜けた。  ――ギィー、ギー!ギィー、ギィー……  鳥達が叫ぶ声が、辺り一面に鳴り響いた。  一羽では無い。恐らく数羽いるだろう。この鳴き声には聞き覚えがあった。  引っ越してくる前、東京の奥多摩に遊びに行った時に聞いた鳴き声。そう、これは確か――、 「鳳君……聞こえる?コゲラの呼ぶ声が――」  僕が言うより早く、小鳥遊が言った。  湿った風が吹き続ける中、やけに凛とした彼女の声が木霊(こだま)した。先程よりも低い声色。  酷く真剣な顔をして、ただならぬ雰囲気を漂わせている。  僕でも分かる。今、彼女の中で何かが起こっている。 「……うん。聞こえるよ?コゲラの鳴き声は東京でも聞いた事あるし……」  その凄みに押されて、探る様に、慎重に言葉を選んだ。肌をピリピリと刺すような緊張感。小鳥遊の方も慎重になっている様子だった。  気のせいだろうか。霧雨が降っているかの様に周囲が(かす)んでいく。これは――霧だ。  今朝見た天気予報を思い出す。 『今夜は……快晴で……星が……』  ちゃんと聞かなかった事を悔やんだ。折り畳み傘を鞄に常備している僕にとって、天気予報は台風や豪雪でもない限り重要度は低い。 「……聞こえてるなら、駄目だから」  これから告白でもするかの如く、僕の顔を真っ直ぐ見据えた夜色の瞳。  恐怖とは異なる心地良い胸の高鳴りを感じたが、僕は必死でそれを無視した。 「……え?」 「……メデューサって知ってる?視線が合った相手を石にする怪物」  いきなり何を言うのか。 「知ってるけど……それが?」 「ほら、こうして――」  小鳥遊は僕の目を見続ける。石になれという事か?そんな冗談を言う少女では無さそうだが。  ――ギー!キィ、キィ、キィー! 「えっと……うん?」  戸惑いつつも僕はその場で固まって見せる。一体何の儀式だ?何故急に?  頭の中は混乱状態で、上手く言葉が出てこない。  ――ギー!ギィー……ギィー!ギー…… 「まだ、駄目」  どうやら小鳥遊は鳴き声が止むのを待っている様子だ。  それにしてもこんな時間に鳴いているなんて珍しい。  果たして何処(どこ)から鳴いているのか。空を(あお)いで屋根や電線に視線を彷徨(さまよ)わせるが、コゲラの姿は一向に見えなかった。
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